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 しばし考えるふうをしてから、真雪はプッと吹き出す。

「何だ、違うのか?」

「確かに以前、養子にならないかって言われたことがあったし、実際司令官のお宅でお世話になっているけど」

 真雪は少し小首を傾げて。

「でもお断りしたつもりなんだけど?」

「何だ、そうか…」

 幾分ホッとしながら呟いて、ハッと気づく。

「ちょっと待て。お前、あいつの家にいるのか?」

 弘毅は慌てて真雪の顔を覗き込む。

「うん」

 軽くうなずく真雪。

「あいつ、まだ独身だろ?」

「うん」

 弘毅は大きくため息をついて、額に手を置く。

「あのヤロー、変な趣味、あるんじゃねぇだろうな…」

 自分のことを棚に上げて。

「どうかしたの?」

 不思議そうに見上げてくる真雪に、弘毅は苦笑を返すしかなかった。

「どっちにしてもタダじゃ済みそうもねぇな…」

 大きくため息が出た。

「ゴメン、何か嫌だった?」

 そう聞いてくる顔が不安そうだった。

「東藤司令官はよくしてくれたよ。僕を組織に推薦してくれたのも司令官だし」

「そうじゃなくてなぁ…」

 この鈍さは却って清々しくもあった。

 そこで初めて疑問に思った。

「お前、養子って、両親は?」

 聞かれて真雪は視線を逸らす。

「いない」

 ポツリと言った言葉に、弘毅は慌てて返す。

「…悪いこと聞いちまったな」

 自分や峻がそうであったように、この能力は人を遠ざける。親兄弟は普通の人間であり、自分だけが突然変異のようにこの能力を身につけて生まれてきたのだ。それゆえに、忌み嫌われ、遠ざけられる。

 自分も、親に捨てられたも同然だった。

 もしかしたら、真雪も同じなのかも知れない。

「でもね」

 真雪は弘毅の服の袖を捕まえる。

「僕には大切な人がいるから。この世の何よりも大切な人が。僕はその人の為に生まれてきたんだ」

 真剣な目が弘毅に向けられる。

「僕はその人の為に生きている」

 はっきりと告げる言葉は、子どものものとは思えなかった。

 その相手に、軽い嫉妬心の浮かぶのを感じた。

 それに比べて自分は何の為に生きていると言うのか。峻を失ってまで。唯一の希望を失ってまで。

 考えると苦しくて、弘毅は傍らの小さな身体を抱き締めた。

 胸に心地よい温もりが広がる。その中に懐かしい温もりがある気がしてならなかった。


   * * *



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