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「あれ…」

 気づかぬうちに目からあふれ出る熱いもの。こんな年になってと、弘毅は慌てて袖で拭った。

 と、弘毅の首に伸びてくる腕があった。

「我慢しなくていいのに」

 子どもの細い腕に引き寄せられ、その小さな胸に顔をうずめる。

「生きて泣ける身体があるんだから、泣きたい時は泣いていいんだよ。我慢しなくていいから」

 弘毅の頭をなでる小さな手が、ひどく温かく感じた。それはとうになくした懐かしい温もりのようだった。

 あの、忘れられない小さな温もりだった。

 ――弘毅…。

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。弘毅はハッとして顔を上げる。そこに、ほほ笑むのは真雪。

「…お前…」

 その肩を思わず引き寄せた。

 姿形はこんなにも違うのに、悲しい程にあの子に見えて。

「峻…」

 そっと、唇を重ねる。驚いたように大きく見開かれる瞳が、弘毅の記憶のままの峻のようで。

「…松田さん…?」

 白い顔にぱあっと朱が広がる。それを今度は自分から抱き寄せる。

「お前を身代わりにしちゃ、マズイよな、やっぱり」

 冗談めかしてつぶやく弘毅に、ややあって、腕の中の声が小さく答えるのが聞こえた。

「いいよ」

 はっとして、ほどいた腕の中の者を見る。

 見上げてくる瞳が柔らかな春の日差しのような色をしていた。それが優しく笑んだ。

「いいって…お前、何のことか分かってんのか?」

 先に言った弘毅の方が慌てる。いくら何でも相手は12歳の子どもである。思いっきり犯罪だ。手なんて出せる訳もない。

 そんな弘毅に真雪はクスリと笑いをもらす。

「冗談だよ。すぐ本気にするんだから」

 軽く返して、弘毅の腕の中から擦り抜けようとする。

「冗談…なのか?」

 どうして自分こそこんなことを言っているのか。こんな小さな子どもに、自分は何をする気なのか。何を求めようと言うのか。

 欲しかったのは、あの温もり。二度と還ることはない、あの温もりだけだった。

 弘毅は真雪に口付ける。縋り付いてくるその身体を、ゆっくりベッドの上に横たえさせた。


   * * *



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