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「不機嫌そうじゃないか?」

 東藤が声をかけると、真雪は意外そうな面持ちで顔を上げた。

 彼は司令官の執務室で弘毅を待っていた。

 昨日も座っていたソファに腰掛けて暇を持て余していた。ぼんやりしている様子であったのに、かけられた言葉が思ってもみないことだったのだろう。

 部屋には他に東藤の秘書もいたが、彼女は黙々と自分の執務を執っていて、二人の会話に口を挟むことはなかった。

「僕が、ですか?」

「朝から黙り込んだままだ。昨日邪魔したのが、そんなに気に入らなかったかね?」

「邪魔?」

 小首を傾げて考える風を見せる。そんな仕草が東藤に誰かを思い出させてならなかった。柔らかに笑う顔。思い出の中の片隅に、深く残るその顔を思い起こしては、何故そう思うのか。

 初めて自分を訪ねてこの司令部に姿を見せた時から不思議でならなかった。あの日、風に消えていったあの少年を感じてならなかった。

「あの実験体を追い詰めていたのにな」

 冗談めかして言うと、真雪はクスリと笑う。

「あれは邪魔じゃなくて、助けてくれたんでしょ?」

「そうだな」

 僅かに笑みを浮かべると、弾かれたように笑顔を返してくる。

 その存在が一目で気に入った。元よりその超能力の腕前にも驚かされたが、何よりもその仕草や存在そのものが、東藤を引き付けて止まなかった。

「東藤司令官は、時々おかしな事を言いますよね?」

 そう言って向ける笑顔は、子どもの無邪気なそれ。少しホッとしながら、ふとその笑顔が消えた。それとともに向けられた視線の先に、同じように目を向けると、ドアをノックする音がした。

「司令官、連れてきましたー」

 返事を待たずに、間延びした声でそう言って姿を現したのは、三澤。そしてその後ろを仏頂面をした弘毅が続いた。その顔付きに東藤は今までの気分が一気に削ぎ落とされるのを感じた。

「ご苦労だったな、三澤」

 三澤にそう言葉をかけてから、ドアを閉めて不機嫌そうに突っ立っている弘毅に目を向ける。

 弘毅は部屋の中を一通り見回して、まず第一声を上げる。

「へー、偉くなったもんだな」

 十数年ぶりに会った旧知の者に対して言う言葉ではなかった。が、東藤も返す言葉は相変わらずだった。

「君も背だけは無事に伸びたようだな」

「誰が伸びてもたかが知れてるだーっ?」

 怒鳴って飛びかかろうとするのを近くにいた三澤が慌てて止めた。

「大将、お前さん、変わってないな」

 今にも噛み付きそうな形相につくため息は、それでも安心の色が含まれていた。

 それに気づいたのか、それ以上言わずに、弘毅は真雪の座すソファの向かいにドスンと音を立てて座った。


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