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そんな東藤を見上げるようにして、少年は落ち着いたままの声音はそのままに、了承する。
「分かりました。松田弘毅さん…ですね」
「ああ、奴の資料は…」
東藤は思い出したように背後の本棚からファイルを探そうとして立ち上がる。その背にかけられる声。
「知っています。かつてこの組織にいた超能力者でしょ?」
振り返るとにっこり笑顔を浮かべる。
「彼は有名でしたから。最強のサイコキノにして、最高の細胞学者」
悪気のない口調でそう言う彼は、先日12歳になったばかりだった。元来、超能力者は子どもに多いと言うが、自分の年を顧みて少々肩を落とす東藤司令官44歳だった。
* * *
松田弘毅は車窓を流れる景色にぼんやりと目を向けていた。
吹き込む風はつい先日まで凍てつくような冷たいものであった筈なのに、いつの間にか暖かさを感じるようになっていた。いつ季節が移ろったのかすら気づかなかった。
旅から旅を続けて、どれくらいになろうか。新しく訪れる町ももう残っていない。西へ東へ、北へ南へ。国中を行き尽くした気がする。
宿に泊まるよりも、列車の中で過ごす時間の方が長かった。何も考えず、風を受けて、ただ、進むだけの日々。
大切だった者を失って何年になるのだろうか。異端者として共に生き、支えあった唯一の存在を。
限りなく不可能に近い希望であっても、あの頃は叶うと信じていられた。二人でいれば何でも乗り越えられた。くじけそうになる心を支え合い、助け合って行けると信じていられた。だが、そのたったひとつの寄り所を失ってしまった。
「峻(しゅん)…」
名を呟いた。それだけで涙が出そうになる。
その瞬間だった。目の前を何かの影が横切った。
――見つけた――
「!?」
一瞬の影に、弘毅は通り過ぎた窓の外を首を突き出して振り返ろうと、座席から立ち上がりかけた。
その時。
激しい振動とともに、車体が大きく傾いた。悲鳴と、鉄の擦れ合う音が響く。身体がふわりと浮いて、天井、床へと次々にたたきつけられた。
身体に加わる痛みに、目の前が暗転する。
何が起きたのか分からず、ただ、列車事故なのだろうと、消え行く意識の断片で考えた。
* * *
「――っ…」
弘毅は背中に激しい痛みを覚えて目を覚ました。仰向けに見上げた先には青い空が広がっていた。列車から外に放り出されたのだろうか。頭を振って、何とか起き上がる。
「…何だ…?」
あちこちが痛い。衣服も激しく破れ、汚れていた。足元をふらつかせながら立ち上がって、初めて周囲を見回せた。
そこに広がっていた惨状にギョッとした。
列車が線路から大きく外れて転覆していたのだった。窓から投げ出されたのであろう人がそこかしこで倒れ、呻き声を上げているのが見えた。列車の下からは血の色が滲み出ていた。
何が起きたのかよりも、救助しなくてはとの思考の方が先に立つ。弘毅はおぼつかない足取りで列車へ向かう。
と、それを遮るように弘毅の目の前に立つ者がいた。