第 6 章

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 やんわりと春の風が頬に触れるのを感じて、杳は目を開けた。見慣れない天井と、見慣れない白い壁に囲まれていた。

 ぼんやりとした思考で思い出そうとすると、横から見慣れた顔が割り込んできた。

「よお、ようやく目覚めたか」

 かすり傷が幾分増えてはいるが、あか抜けない表情のまま、寛也が笑顔を浮かべていた。

「ヒロ…ここは…?」

 聞こうとして、思い出した。杳は弾かれたように、上体を起こす。

「そうだ、翔くんっ」

 起き上がった途端、天井が回る程の目眩と吐き気に襲われた。気持ちが悪くて、そのままうつ伏せになる杳に、ため息ひとつついて寛也が諭すように言った。

「無理するなって。お前、一度、死んだんだからな」
「はぁ?」

 杳は斜めに寛也を見上げる。

「悪いこと言わねぇから、ここら辺で俺達から抜けろ。人間がチョロチョロできるような世界じゃねぇんだ」

 言われて、杳は気分の悪いのも吹き飛んだ。

「何言ってんの、オレだって十分…」
「その頑張りは認めるんだけどね」

 もう一方から聞こえてきた声に、杳は驚いて振り返る。

「潤也…」

 東京で別れたきりの顔がそこにあった。聖輝と、他に見覚えのある顔。求める者達が全員揃っていることを杳は見た途端に悟った。

「潤也…無事だったの…?」
「まぁね」

 柔らかく笑んで見せる様子が、ひどく懐かしく思えた。

「これで4人揃ったってわけだ。後は任せろよ」

 全員揃うと、杳はかえって邪魔と言うことなのだ。自覚していただけに、仲間外れにされるようで、寂しい気がした。その杳の顔を覗き込むようにして潤也が穏やかに言う。

「送っていくよ。だからおとなしく家で待ってなよ」

 見ると笑顔。その表情に、杳はふと何か今までと違うものを感じた。

 怪訝そうな顔色の杳に気づいた様子もなく、潤也は表情を崩さなかった。

「…分かったよ」

 潤也から視線を逸らし、杳はふてくされたように小さく返した。その言葉に余計な詮索を向けたのは寛也だった。

「やけに素直だなぁ」

 やや揶揄のこもった物言いに、杳はムッとして言い返す。

「うるさいな。足手まといだってのは最初から分かってるよ。だからみんなを集めたんじゃないか。オレには力なんてないから。これ以上、できることなんてないだろ」
「あ…そう?」

 どこか拍子抜けした気分だった。昨夜はついてくるなと散々言ったにも関わらず、同行すると言って聞かなかった杳が、あっさりと引き下がるのが却って寛也には不審だった。何かあるのかと勘ぐりかけた時、ポツリと杳が言った。

「でもヒロ、約束したよな。忘れるなよ」

 見返してくる瞳が、思い出させる。深い色の、まっすぐな瞳のあの少女を。阿蘇で出会った日にもそう思ったことがフィードバックする。

「分かってるよ」

 逆らえるわけがなかった。杳の言葉に、不満を感じながらも折れてしまうのが何故なのか、何となく分かった気がした。

「約束?」

 不思議そうな顔で聞いて来たのは潤也だった。

「勝てって。絶対に勝てってよ。まったく…」

 寛也の言葉に、潤也は「ふーん」と鼻を鳴らしただけだった。


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