第 6 章
罠
-1-
1/13
やんわりと春の風が頬に触れるのを感じて、杳は目を開けた。見慣れない天井と、見慣れない白い壁に囲まれていた。
ぼんやりとした思考で思い出そうとすると、横から見慣れた顔が割り込んできた。
「よお、ようやく目覚めたか」
かすり傷が幾分増えてはいるが、あか抜けない表情のまま、寛也が笑顔を浮かべていた。
「ヒロ…ここは…?」
聞こうとして、思い出した。杳は弾かれたように、上体を起こす。
「そうだ、翔くんっ」
起き上がった途端、天井が回る程の目眩と吐き気に襲われた。気持ちが悪くて、そのままうつ伏せになる杳に、ため息ひとつついて寛也が諭すように言った。
「無理するなって。お前、一度、死んだんだからな」
「はぁ?」
杳は斜めに寛也を見上げる。
「悪いこと言わねぇから、ここら辺で俺達から抜けろ。人間がチョロチョロできるような世界じゃねぇんだ」
言われて、杳は気分の悪いのも吹き飛んだ。
「何言ってんの、オレだって十分…」
「その頑張りは認めるんだけどね」
もう一方から聞こえてきた声に、杳は驚いて振り返る。
「潤也…」
東京で別れたきりの顔がそこにあった。聖輝と、他に見覚えのある顔。求める者達が全員揃っていることを杳は見た途端に悟った。
「潤也…無事だったの…?」
「まぁね」
柔らかく笑んで見せる様子が、ひどく懐かしく思えた。
「これで4人揃ったってわけだ。後は任せろよ」
全員揃うと、杳はかえって邪魔と言うことなのだ。自覚していただけに、仲間外れにされるようで、寂しい気がした。その杳の顔を覗き込むようにして潤也が穏やかに言う。
「送っていくよ。だからおとなしく家で待ってなよ」
見ると笑顔。その表情に、杳はふと何か今までと違うものを感じた。
怪訝そうな顔色の杳に気づいた様子もなく、潤也は表情を崩さなかった。
「…分かったよ」
潤也から視線を逸らし、杳はふてくされたように小さく返した。その言葉に余計な詮索を向けたのは寛也だった。
「やけに素直だなぁ」
やや揶揄のこもった物言いに、杳はムッとして言い返す。
「うるさいな。足手まといだってのは最初から分かってるよ。だからみんなを集めたんじゃないか。オレには力なんてないから。これ以上、できることなんてないだろ」
「あ…そう?」
どこか拍子抜けした気分だった。昨夜はついてくるなと散々言ったにも関わらず、同行すると言って聞かなかった杳が、あっさりと引き下がるのが却って寛也には不審だった。何かあるのかと勘ぐりかけた時、ポツリと杳が言った。
「でもヒロ、約束したよな。忘れるなよ」
見返してくる瞳が、思い出させる。深い色の、まっすぐな瞳のあの少女を。阿蘇で出会った日にもそう思ったことがフィードバックする。
「分かってるよ」
逆らえるわけがなかった。杳の言葉に、不満を感じながらも折れてしまうのが何故なのか、何となく分かった気がした。
「約束?」
不思議そうな顔で聞いて来たのは潤也だった。
「勝てって。絶対に勝てってよ。まったく…」
寛也の言葉に、潤也は「ふーん」と鼻を鳴らしただけだった。
* * *