第 4 章
静かなる水面
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「お兄ちゃんってば、とっとと起きてよ」

 大学生の朝は遅い。

 昨夜も提出期限の迫ったレポートを作成していたため、ベッドに入ったのは夜中の2時を回っていた。

 今日の朝一は講義もないと、安心しての寝坊だった。

 それなのに、その彼に、妹の容赦ない目覚ましが飛んできた。

「今何時だと思ってるの。遅刻するじゃないっ!」
「今日は昼からなんだから、もう少し寝かせろよ」
「甘いっ!」

 そう言うと、妹の美奈(みな)は掛け布団をひっぺがした。

「美奈ぁ」

 恨みがましい声を出しながら、ようやくにして静川聖輝(しずかわせいき)は起き出した。

「おはよう」

 美奈はにんまり笑って、声をかける。

「おはようじゃないよ。何時だと思ってるんだ?」
「8時10分」
「ばかかーっ!」

 普通ならまだ熟睡の時間である。

 聖輝はもう一度寝直そうと、美奈の手から布団を取り返そうとした。

 が、彼女はそれを許さなかった。

「お兄ちゃん、美奈、一生のお願い」

 そう言ったかと思うと、美奈はその場に正座をした。そして、何と頭を下げてきた。

「美奈…?」
「あたしを学校まで連れてって」

 遅刻しかけているらしかった。

 聖輝はひとつ溜め息をついて、答える。

「今年に入って幾つ目だ? その、『一生のお願い』ってのは」
「は…初めてかなぁ?」
「3回目だっ」

 朝っぱらから、妹と掛け合い漫才などする気はなかった。

「お願ぁい、たった一人の可愛い妹の頼みじゃない。兄として、当然のつとめじゃないの?」
「アホかっ」

 そう言いながらも、聖輝は起き出した。


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