第 2 章
宝玉の戦士
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「憧れの東京、憧れの都会、憧れの超高層ビルー!」
突然、隣にいた姉の里紗(りさ)が芝居臭い大身振りをしながら、そう大声を張り上げたのは地下鉄のホームだった。平日の昼間とは言え、列車を待つ人はそれなりにいた。その、群集の中で。
この姉の愚挙に、新堂紗和(しんどうさお)は頭をかかえたくなった。
慌てて姉の口をふさいだものの、発せられた声は辺りの人々の注目を浴びるのは必然だった。紗和は周囲の視線を感じながら、羞恥心のかけらも持ち合わせていない彼女を、本気で、このままここに捨てて行きたくなった。
隣からも、くすくす笑う声が聞こえる。もう、恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
「少しは静かにしててよ。みんな心配して待っててくれてるんだから」
里紗の腕を捕まえて、紗和は小声でたしなめる。しかし彼女は紗和を睨み返してきた。
「何言ってんの、あたし達を見捨てて先へ行っちゃった連中なのよ」
「誰の所為だよ?」
「あたしだとでも言うの?」
「少なくとも、僕の所為じゃないだろっ」
姉弟の漫才のような掛け合いに、くすっと、隣でまた笑いが起こった。笑われて当然だと、紗和は顔を赤らめる。
が、里紗は逆に、笑った人間を睨みつけた。
「何よ、あんた。さっきから、人の話、盗み聞きして!」
慌てて紗和は、悪態をつこうとする里紗を引き留めて、頭を下げる。
「すみません」
「何謝ってんの、あんたは」
ゴツンと紗和の頭を小突いてから、里紗は笑った相手を指差す。
「礼儀を知らないのは、こいつの方よ」
「公衆の面前で、大声を張り上げる方が、よっぽど礼儀知らずだよ」
「あんた、あたしを侮辱するの? 姉を姉とも思わない、高慢ちき野郎だわ!」
今度は矛先が紗和の方へ向く。勘弁して欲しかったが、見ず知らずの人に喧嘩を売られるよりはよっぽどマシだと思って、黙って我慢した。
生まれてこの方、こんな苦労は日常だった。自分が耐えていれば、事が済む。もう慣れっこだと、自分に言い聞かせて。
その紗和に隣から浴びせられた一言。
「ばっかみたい」
言ったのは、里紗ではなかった。
紗和自身の心情を読んだかのような言葉に、ギョッとして、言った相手を見やった。