第8章
希望のうた
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「何年先か、何百年先か『また再び』がないとは言い切れない。僕たちを倒しても、その恐怖にあなたは、これからもずっと怯えるんだよ」
それは呪いの言葉のように聞こえた。長の年月、力を封じられたままだったものを、ようやくに解放された。その筈なのに、再び封じ込められたような気がした。
それに、あの天人の言葉――。
「僕のこの身体には、あなたを封印する者としての血が流れているんです」
何故こうまで歯向かうのか。
加えて、あの杳――綺羅の転生者だと言った。何故、何度も転生するのか。あれは竜族ではない。竜の持つ力の躍動の一切を感じられなかった。自分の血を引いてはいないのだ。
それなのに、何故…。
悪夢など見る筈もない身であるのに、長い間悪夢を見させ続けられた。ようやく今、全ての力を取り戻せたと言うのに。
深い闇の中で繰り返し繰り返し問い続ける。悪夢は終わらない。
何故こうなったのか。何もかもあの女の所為なのだと。全ては彼女の所為だと――ずっと記憶の向こうに押し込めてきたその顔が思い浮かぶ。
どのくらい時を一緒にいたのか。11体の竜の子を儲けた年月はあっという間だったように思えるが、果たして人間にとっての時間はどれ程のものだったのか。
晴れ渡った空を見るような瞳で自分を見上げていた。その瞳を、ずっとずっと信じていた。
「あら、目が覚めた?」
目を開けて一番に飛び込んできた顔に、揚は先ほどまで思いを馳せていた顔が重なり、一瞬見まがう。が、すぐにそれが別の者であると気づく。
「篠原…?」
彼女――美都は名を呼ばれて、少し肩を竦める。
「大変だったんだからね」
殊更に大げさに言う彼女は、今の今まで付き添っていてくれたようだった。
結局、揚は救急車で都内の病院に運ばれた。腹部が切り刻まれ、内臓までも負傷しており、加えてかなりの出血もあり、運んだ病院で緊急手術が行われた。
その傷口は、小さな刃物で何度も何度も刺され続け、大きな傷となっている、いわゆるめった刺しだった。
腹部の肉がそぎ落とされ、重要臓器の損傷も非常に激しいのに、医師からは、生きている方がむしろ奇跡だと言われた。
警察に事情を聞かれた美都は、通りすがりの顔見知りであると言い続け、何があったのか一切知らないと言い通した。
そんな中で、大学側に状況を伝え、家族への連絡を依頼した。その他、知り合いの部員はいたが、連絡先まで知らなかったので、取り敢えず、これまた知らん顔を決め込んだ。
唯一、入部の時に杳と一緒にやってきた紗和の連絡先だけは分かっていたが、果たして連絡して良いものかどうか迷ったが、どちらにしても、部員の誰かに連絡が行けば広まるだろうと思って、こちらも放っておくことにした。
そう、美都は揚に軽い口調で話した。
「でもあなた、結構人を侍らせていたと思っていたけど、誰もお見舞いに来ないのね」
美都は呆れたように言う。
朱雀は死んだ。青雀は力を抜き取ったので、もう揚には関心もない筈だ。それどころか、深手を負わせたままだ。ここまで来ようにもその術もなかろう。来る筈がない。そう思った。
誰もかれもが自分を裏切り、捨てていく。自分には信じられる者などいないのだ。
その時。
「ちーっす」
スライド式の病室のドアを開けて入って来た者がいた。
見やると、佐渡亮――青雀だった。
「ケガして動けねぇって聞いたから、着替え、持ってきたんだけど」
自分こそ、片腕を吊り下げて言う佐渡は、病室に揚といた美都に不審そうな目を向ける。この揚に女の影などあり得ない。
その目つきに気づいて、美都は自分のバッグを手に取る。
「身うちの人が来たみたいだから、私、帰るわ。じゃあ、お大事に」
止める者などいなかった。揚に至っては礼の一つも言うでない。その様に美都はため息だけついて、そのまま出て行った。