第6章
君がために
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『翔くんっ』
紗和の呼び止めるのを無視して、その身に雷をまとう。
尾を大きく振り上げたかと思うと、天を割って振り落とされる目映い閃光とともに、炎竜の身体を打ちすえる。
炎が弾けて、一瞬、炎竜の本体の鱗が覗いた。と思った次の瞬間には、炎が先程にも増して、一気に膨れ上がった。
身をかわす間もないくらいに瞬間的なことだった。翔は受け身も取れないまま、その身で炎を受け止めようとした。
襲いくる怒涛の炎の波に、焼け付く痛みに耐えながら、翔は炎の中でその声を聞いた。
――ヒロ…。
囁くように自分を呼ぶ、耳に馴染んだ奇麗な声。心の中に染み込むようなそれを聞いたと思った途端、全身の力が抜けていった。
それまで制御しきれなかった力が、自分の元に戻ってくるのを感じる。
身を覆っていた炎が視界から消えていくのを目にしながら、寛也は耳を澄ます。
もう一度聞こえないかと。もう一度、自分を呼んでくれないかと。
しかし、幻聴だったのか、どれだけ願っても聞こえる筈もなかった。
『杳…俺、お前の答え、まだ聞いてないんだぜ…』
呟く言葉は誰に聞こえるでもなく、静かに闇に溶けていった。
燃え盛る炎の後に残ったのは、胸の奥にある潰れる程の痛みだけだった。
今度こそ、幸せにしたいと願ったただ一人の人。それを失った痛みだけが、確たる現実だった。
『杳…』
名を呟いて顔を上げたその先に、薄く光る宝珠を見た。
ゆっくりと手を伸ばし、触れると、スッと空気に消えてしまった。しかし、淡い温もりだけが手の先に残っているようで、胸にそっと引き寄せて、その温もりを抱き締めた。
そこに、杳がいるような気がした。
やがて引いていく炎に伴って、炎竜の姿も小さくなり元の大きさに戻っていった。
炎の中から弾き出される二体の竜――風竜と水竜――を、横からやんわりと包み込む地竜王。ひどく焼かれた様子だったが、治癒力に長けているこの二体であれば大丈夫だろうと翔は踏んで、炎の中心に目を向けた。
現れてくる姿に、ホッとしている自分に気づき、仕方なく手を差し伸べる。
誰もが傷ついたこの場所で、もうこれ以上憎しみを持つ必要などないと心に呟いて。