第1章
巣立つ雛
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「は? 今、なんて…?」
朝遅くに起き出して、昼時に朝食を食べている杳は、寛也の言葉に箸が止まった。
「何って、俺も東京に行くことになったから。こいつに予備校行くなら東京にしろって言われて」
寛也は、隣の席に座って澄ました顔で昼食を食べている潤也を指さした。
潤也は杳にジロリと睨まれるが、しれっとしたまま言う。
「ヒロの面倒、頼むよ。僕は悠々自適な大学生活を送るから」
「そう言うこと」
寝耳に水の杳に、寛也は強気だ。
「お前、止めても行くって聞かねぇから、俺がついて行くんだ。キョヒってもムダだからな」
寛也の言葉に、杳は頭を抱えてしまう。そんなことになるとは想定外だったのだろう。
「お前がまたとんでもねぇことに首を突っ込みそうな時、止めてやる奴がいるだろ?」
胸を張って言う寛也に、横から潤也がボソリと言う。
「無理なんじゃないの、ヒロには。我先にって首を突っ込んで行くよ」
「んだとぉ?」
思わず腰を浮かせる寛也に、潤也は涼しい顔のままで。
「ま、大波でも来たら防波堤くらいの役目は果たせるから、いいんじゃない?」
以前に聞いたような言葉を言う潤也に、杳はため息をつきながら文句を言う。
「冗談じゃないよ。何でヒロが…」
「俺じゃ不満か?」
「不満も不満、大不満だよ。ヒロなんてバカだし、役に立たないし、浪人生だし」
「お前、そういう言い方、ねぇんじゃねぇ?」
「とにかく、オレはやだからね。ヒロなんかここで大人しくしてればいいんだ。ついて来るなよ」
やれやれと潤也は口を挟む。寛也では絶対に言い負かされると確信できたので。
「杳、東京のマンションって、3LDKの賃貸なんだって?」
驚いたように、今度は潤也に目を向ける杳。何で知っているのかと、言わずもがな語る目に。
「さっき君が寝ている間に君のお母さんに電話してね、ヒロも東京へ行くって話したら、ぜひ同居してやってくれと、逆に頼まれちゃってね。結崎家としてもこれから出費もかさむことだし、どうせ杳が部屋を余らせておくなら、一部屋月1万ってことで話がついたよ」
「な…」
そのマンション、月に一体いくらすると思っているのだろうか。それを1万円など、何をふざけた事を言うのか。
否、突っ込み所はそんな所ではなかった。
杳は混乱する頭を振ってから答える。
「オレ、そんなとこ住まないことにしてるから。別にワンルームマンション、借りる予定にしてる」
「いいんじゃない? どっちにしても、二人で住めば。君のお母さんの了解は取ってあるんだから」
親のスネをかじっている身では、逆らうことなど――ましてやこの自分の脆弱な身で独立しようなどとは、それこそ自殺行為だった。
杳はガックリと頭を垂れる。
「卑怯者…」
「何とでも」
潤也はそんなふうに言われても、逆に嬉しそうに返してきた。そして、付け加える。
「昨日、君が言った以上にね、僕には…僕達には守りたいものがあるんだ。分かってるよね?」
言われて杳は一瞬言葉に詰まる。そして、ポツリと吐く言葉。
「兄弟揃って…バカ…」
杳の呟いた言葉に一悶着起こす兄弟達に、杳は困ることになりそうだと思う一方で、嬉しく思う気持ちを押さえられなかった。
本当に、この人達の為なら、悔いなどないのだと思った。