第3章
魔手
-1-

1/10


 白く滑るような肌が、はだけたローブから覗く。白い胸に、細い脚が自分を誘っているようだった。

「ヒロ…」

 甘い声で名を呼んでくる。紅を差したような赤い唇。

 潤んだ瞳が見上げてくる。愛しくて、愛しくて、胸が張り裂けそうで、それなのに、触れられなかった存在。その相手が今、自分の腕の中で、自分のことを求めていた。

「杳…」

 ゆっくり瞳を閉じる杳に、寛也は唇を重ねる。寛也の首に絡み付いてくる杳の腕を解いて、バスローブを脱がせていく。あらわになった白い肌に描くのは、所有の印。抱き締めてくる杳の腕に埋もれるように、杳の中へ身を沈めていこうとした。

 ピピピ、ピピピ、ピピピ。

 途端、聞き慣れた目覚まし時計のコール音が聞こえ、寛也は目を覚ました。

「…え?」

 腕の中にあった愛しい人は、愛しい枕へと変貌していた。


   * * *


「世の中、こんなもんだよなぁ」

 呟いて、寛也は食卓についた。

 朝の光が差し込むキッチンは明るくて、先ほど見ていた夢も弾け飛ぶくらいに清々しいのに、妙にリアルな生々しさは消えなかった。これは、多分、先日のホテルでの一件の所為だとは見当がついた。

 あの時は杳のことが心配で必死だったので、大して気にも止めなかったと言うか、余裕がなかったと言うか。

 それが、日が経つにつれて、あの時抱き締めた感触とか、鼻をくすぐる甘い香りとか、震えていた身体とか、鮮明によみがえって来るのだった。勿論あの場で何かしておけば良かったなんて微塵も思わないが、一般健康高校生男子としては、今頃になって色々と障りが生じてきていた。

「何の話?」

 兄の呟きに、弟の潤也は、嫌みのようにどんぶり一杯に盛ったご飯を差し出した。それから、みそ汁と焼き魚と、目玉焼きと香の物。朝からてんこもりである。

「……べつに…」

 弟とは言え、朝からこんな話ができるものかと、寛也は口を閉ざして箸を取る。この涼しい顔した双子の弟は、兄の言葉にふーんと鼻を鳴らし、それ以上何も聞いてこなかった。


   * * *



<< 目次 >>