第2章
使者
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「しねぇから、目だけ瞑ってろ」
杳にだけ聞こえるように小声で囁く。一瞬、目を見開いてから、杳は何も言わず、言われた通りゆっくり目を閉じた。
側から見える所は両手で塞いだ。杳の唇に触れるかどうかの位置でしばらく止めて、寛也はすぐに離れた。
見上げてくる杳から目を逸らして、寛也は殊更にガッツポーズで勝利を主張してみた。その寛也に歓声が上がる。
「ばか…」
呟いて、杳はポンと体育台の上から降りた。
その時。
天から一条の雷(いかずち)が振り落とされた。それは寸分違わず、寛也の頭上に命中した。まるで狙い定めたように。
「えっ?」
びっくりして振り仰いだ天空に、杳は銀色の竜身が舞うのを見た。途端、どこからともなく暗雲が立ち込めたかと思うと、いきなり土砂降りになった。
悲鳴を上げて体育館へ逃げ込む生徒達。杳は取り敢えず、体育台の下に隠れた。
しばらくして、黒焦げの寛也が、フラフラとその脇へ滑り込んできた。
「大丈夫?」
一応、聞いてみた。普通の人間なら、多分、死んでいるところである。が、寛也はガッツポーズの握りこぶしの態勢のまま。
「あいつ、いつか、ぜってー、潰すっ」
寛也の呟きを聞き付けたのか、雨脚がいっそう強まった気がした。
グラウンドにはもう他に誰もいなくなり、寛也と杳は体育台の下に二人取り残されてしまった。
「ヒロ、ありがとう」
寛也の握りこぶしをそっと解きながら言う杳は、少し雨に濡れた顔でふわりと笑う。
「ね、ヒロ、目を閉じて」
言われて見やる杳。目が合うと、わずかに笑んでくるのに、ドキドキして、慌てて目を閉じた。
その頬に、そっと柔らかいものが触れてきた。
「えっ…?」
何事かと目を開けると、杳の顔がすぐ近くにあって、頬にキスされたのだと知った。
「杳…」
「ヒロ、約束守ってくれたし、オレも約束したから…それだけだから…嫌だったら、ゴメン」
そう早口に言って横を向く杳の白い顔に、朱の色が浮かんでいた。それだけで十分満足している自分も安いものだが、それでもいいと思った。
天空を舞う銀色の竜が、いつ諦めるとも知れない夕立の中、二人きりのひとときを寛也は楽しむことにした。