第2章
使者
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「は? ファンクラブ?」

 潤也の言葉に、寛也は夕飯の箸を止めて弟を見やった。

「そ。聞いた話によると、各学年に最低でも1つ、合計4つの組織があって、その中でも最大の組織が2Kにあるんだって。お膝下だからね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。お前、今、杳のって言ったよな?」

 混乱の用を呈してきた寛也に、やっぱり言うんじゃなかったかと多少後悔しながらも、潤也はうなずいて続ける。

「そ。”葵くん親衛隊”とか、”杳くんを守る会”とか、ズバリ”葵杳ファンクラブ”とか。あと、何だったっけ…」
「マジかよ…」

 寛也は箸を置いて、ガックリする。

 そりゃ、見た目にはすごい美人だし、余り人と馴れ合わないから、ある意味、気高くも見えなくもないが、それは全然違うぞと、声を大にして叫びたい寛也だった。

「だから校内じゃ、余り目立つ付き合い方をしていると、痛い目を見ることになるかも。A組にもメンバーが多いみたいだし」
「付き合い方って…別に俺達そんな特別な関係ってわけじゃ…」

 それこそ、誰かさんに邪魔をされて、告白のひとつもできていなかった。

 それどころか、最近、余り顔を会わせることが少なくなった。このまま疎遠になってしまったらどうしようと、心配になってきたところなのに、追い打ちをかけるようなこの情報は、まるっきり有り難くなかった。

「あ、そうそう。もうひとつは”杳センパイを愛(め)でる会”だ。1年生中心だった」
「何だよ、それ」

 どうでも良いことを付け加える潤也に、寛也は力が抜けそうだった。

「どう? ヒロもひとつ入ってみたら?」
「はあ?」
「男子も結構いるって言うから、目立たないと思うよ。これなんか良いと思うんだけど」

 そう言って、潤也は準備の良いことに、入会用のチラシを見せた。「杳くんを守る会」の文字が華やかに彩りされ、杳の写真――多分、盗撮――付きだった。

「2Kのはね、ちょっとどうかと思うけど、これは事務局がうちのクラスにあるんだ。気さくな連中が多いから、ヒロ、入っちゃいなよ」
「何で俺が?」
「色々特典もあるみたいだから。この前は杳の体操服に着替えている所の写真が出回ってたんだ」

 ガタンと音を立てて立ち上がる寛也に、潤也は平然と続ける。

「勿論、全部処分してやったけどね」
「あ…そ…」

 また腰を降ろす。

「ま、本人がまるっきり知らないからこそ楽しいんだろうけどね」

 確かに、こうして見ると奇麗な子だと思う。そこら辺にはあまりいないくらいに。友達も少ない――と言うか、いない――から、却って周囲が騒ぐのだろう。

「杳が知ったら、ひとつずつ潰して回るだろうなぁ」
「それか、登校拒否だろうね」

 どちらも有り得そうで、嫌だった。

「ま、それだけ人気があるってことだよ、僕達のお姫様はね」
「きっついお姫様だけどなぁ」

 言って、寛也は写真の杳の頬を指で弾いた。


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