■ 初恋
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「この子と一緒に遊んでくれてありがとう」
そう言って、その子に良く似た笑顔を向けて、頭を撫でてくれた。
この子も大きくなったらこんなに奇麗になるのかと思った。
「じゃあね。バイバイ」
その声にハッとする。
あんなにも、あんなにも楽しかったのに、あっさりお別れかと思うと、迂闊にも涙が出そうになって、寛也は歯を食いしばった。なので、うなずいて見せるだけしかできなかった。
さよならの言葉も言えずに。
親子は、あっと言う間に人込みに紛れてしまった。その後ろ姿を見送って、寛也はしばらくぼーっとしていた。
どれくらい経ってからか、寛也は気を取り直して、休憩所で休んでいる潤也の様子でも見に行こうかと思って、くるりと方向転換して。
「あ―――――っ!」
今頃になって気づいた。あの子の名前を聞くのをすっかり忘れていたのだと言うことを。
◇ ◆ ◇
「っとに馬鹿なんだから」
潤也が苦笑混じりに言った。
そんな事はあれ以来、何度も思ったことだと言ってから、寛也は杳に目を向ける。何だかんだ言っても、どんな反応をするか知りたかった。もしかしたら嫉妬してくれるかも知れないと、淡い期待を込めて。
しかし、杳は怪訝そうな顔で寛也を見やってから、大きくため息をついて目を逸らした。
これは絶対に呆れられたのだと分かった。
がっくりと肩の力を落とす寛也を横目に見ながら、潤也は独り言のように言う。
「でも、ファミリーランドに行くとしたら、市内に住んでいる可能性、高いよね? 同じくらいの年で、『はるちゃん』ね…」
市内の高校は三校しかない。同じ学年の半数近くが自分たちの通う高校に進学しているのである。もしかしたら、案外、近くにいるのかも知れない。
そう思いながら、潤也は考える。
「はるこ…はるみ…はるえ…はるな…はるよ…はるか…」
そこまで呟いて、ハッとして杳の方を見る。と、潤也の声を聞いていたらしい杳と目が合って、すぐに、わざとらしく逸らされた。
「まさか…」
「あ、これ。どこに遠足に行ったの? 見慣れない公園だけど」
話も逸らしてきた。
チラリと寛也を見ると、何も気づいていない様子で、何だか打ちひしがれている様子だった。
そんな寛也の様子を気にしながらも、わざと知らん顔をしてみせる杳を妙に可愛く思いながら、このことは寛也には当分黙っておこうと思う潤也だった。
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オフライン用に書いたものですが、本編Wの第6章の前にアップしておきます。
願わくば、先にこちらを読んでいただけたらよいのですが。
ちなみに、この話は寛也が高校3年の春のことです。