第 5 話

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 顔をしっかり洗ったので、跡は残っていない筈。そう確信してマルスはドアを開けた。するとベッドの上の住人は、とっくに目を覚ましていたのか、マルスが入ってくるのを見て、ゆっくりと上体を起こした。
「まだ横になっていた方がいいですよ」
 無理をしてはせっかく手に入れた解毒剤も無駄になってしまうと、マルスはやんわりと注意を促す。そう言われてエドガーは低く返事をして、視線を窓の外へと移す。
 怪我を負ったのは昨日のことだった。昨夜は医者もさじを投げるような状態であった。いくら解毒剤の効果とは言え、この回復力からしてこの男もただ者ではないとマルスは思った。
「何か欲しい物はありますか?」
 マルスの問いにエドガーは無言で返す。その横顔に、読み取れない感情の影を見いだして、マルスは小さく問うてみた。
「これから、どうします?」
 つい先ほどセフィーロに投げかけたと同じ質問を繰り返す。本当はこれは自分自身に問いかけたもの。
「お前達はどうする?」
 問い返すエドガーの目が、険しい色をしていた。
「僕は、彼の求めていたものを探そうと思います」
 一晩考えて結論づけた。ライムが何のために国を出たのか。その意志を継ぎたいと思った。それがマルスの結論。別に誰と旅を供にする予定もないが、誰をも拒む理由もない。そう言うと、エドガーは無表情のまま呟くように答える。
「そうか…」
 多分、また旅は続くのだとマルスは思った。この人が何を目的に旅をしているのかは知らない。しかし、しばらくは道連れになってみるのも悪くはないのではないか。
「国に帰ってもすることがありませんし」
 もともと冷めた目で見ていたが、ライムが国を出て改めて感じた。自分にとってその人のいないことは何の意味も成さないということを。そんな価値の見い出せない場所に、いたくはなかった。
「それに…」
 何よりも、セフィーロに言った言葉のように、ライムはこの人の場所にもう一度戻って来るような気がしてならなかった。ただ、それが自分の元ではないことが少々不満ではあったが。
「俺は一人旅が性に合っているんだがな」
 エドガーは抑揚の無い声で言う。
 ならば何故ライムを連れて旅をしていたのか。何故、次第に増えた道連れから離れる事なく供に旅をしてきたのか。この人の探していたものは本当は何だったのか。
 ライムの見ていたもの、知っていたものを、もう少しだけ見てみたくなった。
 窓の外に目を移すと、すっかり朝露は消えていた。その代わり、乾いた風が木々の梢を行き過ぎるのが見えた。その中に風を操る妖精の姿が、ふと、かすめた気がした。
 風を見上げるエドガーの目が、わずかに緩むのが分かった。初めて見たその横顔に、マルスは決意を固める。
「僕はついて行きますから」
 そして、見届けようと思った。
 月夜の吐息にまぎれて、またあの妖精がもう一度目覚めるまで。






   -END-





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