第5章
巫女−弐−
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どうしたものかと周りを見回すと、清水くんと目が合った。
合ったけど、清水くんも困った顔を向けてきた。
案外、力にならない私達。
「…あみやを死なせたのは、竜王じゃないんだよ」
そんな時、横から静かな声でそう言ったのは杳さんだった。
意外な言葉に、私でさえ驚いた。
「何…ですって?」
砂田さんの視線が、杉浦くんから杳さんへと移る。
だから、目付きが怖いってば、砂田さんっ。
「竜王じゃないって…どういうこと?」
見やった杳さんの表情は、さっきと同じだと思った。昔のことを聞かれて、見せた顔。
無表情なのにその横顔はひどく辛そうで、私の手の中の光の玉が共鳴するかのように悲しそうに揺らめく。
そして杳さんはゆっくりと言った。
「あみやは自分で命を絶ったんだよ。巫女である資格を無くして、生きて行けないと思ったから。その後に何が起きるかなんて考えもしなかった。自分の事で手一杯で、悲しむ者のことなんて思いやることもできなかった」
彼女にひかれたのは、巫女達や竜神達だけではなかった。手に入れたいと願う者が大切にしたいと思う者ばかりではなかった。
汚されてしまった身体よりも、心の痛みの方が彼女を苛(さいな)んだ。
そして巫女である資格をも失ったのだと自覚して、その手で自分に剣を向けた。
「うそよっ!」
言ったのは砂田さん。
「竜王が自分で殺したのだと言ったわ…乱心して…」
「神とまで言われた竜王が、本当に乱心などするわけないでしょう?」
後ろから静かにそう声をかけたのは杉浦くん。
そして、杳さんに向かう。
「何となく、分かっていました、葵さん。その剣は竜王が守護すべき綺羅の巫女に遣わしたもの。あなたは竜王の宮の最後の神子ですね?」
えっと、声を漏らしたのは砂田さんだけじゃなかった。
「今のオレは男だし、あの時の感情なんて分かりっこない。あるのはただあの記憶と、罪悪感だけだよ」
それって、杳さんがあみやだってこと?
みんながそんな表情で杳さんを見ていたのだと思う。
そんな私達に、少しだけ笑みを浮かべながら、杳さんは付け加えた。
「だからあんた達の言うあみやは、もういないんだよ」
だけど、目は笑ってなんかいなかった。
その感情が分からないないなんて、本当は嘘なんだと思った。
だからこそずっと否定してきたのだと思う。私達の仲間じゃないと言って。
「彼らを疑わないでほしい。竜達はオレ達を裏切らないから。…オレはみんなを裏切ってしまったけどね」
最後の方はほとんど聞こえないくらい小さな声だった。
「それでも、僕達はあなたを待っていましたよ。お帰りなさい、あみや。いいえ、杳さん」
一瞬、ほんの少しだけ泣きそうな顔をしたのは私の見まちがいだったのだろうか。すぐに杳さんはもとの感情を消した表情に戻る。
もう少しだけ持っていたかったけど、私は手にした光を杳さんに差し出した。
「これが五つめの勾玉ですね。形はなくなってしまっているけど。勾玉が自らの巫女を選ぶのだとしたら、やっぱり杳さんは私達の仲間なんですよ」
砂田さんの影響は大きかったみたい。私ってば、何言ってるんだろう。
口走ってから、ちょっと赤面。
そんな私に杳さんはきれいな笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
初めて見せた笑顔。
そんな気がした。