第3章
古寺への招待
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仏殿は大破したままで、そこにはもう何もいなかった。巨大な蛇の姿など跡形もなく――と思った途端、由加が悲鳴をあげた。何かを踏み付けたらしいので懐中電灯の光を当ててみると、しなびた蛇の死骸だった。それを見て、危うく卒倒しそうな由加をさつきと二人で何とか支えた。
もしかしてこれがあの大蛇? それとも――。
カタリと壊れた仏堂の中で音がした。私達は顔を見合わせ、ゆっくりと足を忍ばせながら音のした方へ向かった。
恐る恐る覗き込むそこにあった姿を見付けると、私はホッとして声を上げた。
「お兄ちゃん」
仏壇の前で何をしているのか。声をかけられるとお兄ちゃんはいつもの顔をして振り返った。
「おっ、美奈、食われなかったのか」
あ、あったり前じゃないのっ。何言ってんのよ。
「何…しているんですか?」
さつきがちゃっかりお兄ちゃんの隣に立って聞く。
「んー、さっきの化け物が壊してしまったんだけど、くっつかないかと思って」
お兄ちゃんの手には二つの仏像――あの、上段に飾られていた木の像があった。二つとも胴の部分から真っ二つに折れていた。相当に古いものだったのだろう。折れ口の端々が砕けていた。これじゃあ、元に戻そうったってムリよ。いいじゃない、こんな木屑なんて。
だのにお兄ちゃんはとっても残念そうな顔をしてみせる。
「そんなに値打ちものなの?」
そうは見えないけど。
「北の正門を封印する役目があったらしいんだ。あの大蛇はその守り番だったはずなのに…」
何のことかと尋ねようとする前にお兄ちゃんは諦めたらしく、木屑となってしまった像を放り投げた。
「もう一眠りするか」
ったく、あんな化け物騒ぎの後で呑気に寝るですってー? たしなめようとしたら、既にお兄ちゃんは僧堂の方に向かって歩き始めていた。
「ちょっと待ってよっ」
「あっ、そうだ」
いきなり振り返ると、どこから取り出したのか、拳くらいの石を私に投げてよこした。慌てて受け取るとそれは例の勾玉の玉の部分だった。
「お前にやるよ。もうあんな化け物にやるんじゃないぞ」
それだけ言うと大きな欠伸を一つしてお兄ちゃんは寝所へ入って行った。
この時私の手にしたものが、地上に存在する“竜の勾玉”と呼ばれるもののひとつだということを知ったのは、それからちょうど一年後のことだった。
5つの勾玉と、それを手にする5人の神子達の転生者に出会って、巡る物語。
人の世、地上に五つ存在するというそれは、それからの私を大きく変えていくことになる。だけどそれはまだ後日の話。
ただ、その時の勾玉は白く星の光を映して、私の手の中でわずかに光っていた。
−了−