第2章
かわいた雨
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 古いボンネットバスに乗っている客は、オレも含めて、たった三人だけだった。このバスの時刻表を見ると、日に一往復しかしていないし、オレ達の向かうところは余程の過疎の村らしかった。

「ほら、あの大きな崖の向こうを曲がれば見えてくるはずよ」

 そう言って開け放った窓の外を元気よく指さしたのは、大神夏菜(おおみわなつな)だった。

 彼女はこの夏休み前にオレ達のクラスに転入してきた子で、まあ当然といえば当然だが、この美少年のオレ、清水碧海(しみずあおみ)クンに一番に声をかけて来た。某友人に言わせると悪趣味らしいが、何の何のなかなか目の高い子だ。

 と言う訳で、オレは彼女に誘われるまま、この辺鄙な田舎にやって来てしまった。

 ここは彼女の祖父母の住む所で、二泊の予定でオレは厄介になることになっている。

 都会育ちで帰る田舎を持たないオレは、小さい頃からこういう田舎を持つのも悪くはないと思っていたことだし、見たいテレビもしっかりDVD予約したことだし、宿題は置いてきたことだし、心は随分軽かった。

「日本の秘境だな。こんな所にも人里があるのか」

 そう言ったのは、もう一人の乗客の静川さんだった。静川さんとはバス停で一緒になったのだけど、大学の1年生で、何でも、全国秘境巡りの旅をしているらしい。それを聞いただけで、ちょっと変わってるかもと思ってしまった。

 本人に言わせると、日本の神話を研究しているのらしいんだけど、あまり深く関わりたくないので追及するのをやめておくことにした。面倒だし。

 バスは夏菜の言うとおり大きな木の下を回り込み、しばらく走ると、小さな山村にたどり着いた。

 『水無瀬村』

 バス停にはそう書いてあった。

 オレ達三人を降ろすと、バスは乾いた砂ぼこりを撒き散らしながら去って行った。次にここを通るのは明日の朝なんだろう。

 静かな所だった。

 バスの通り去った後には、山あいに小鳥のさえずりが聞こえるだけだった。


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