■ 遠い約束 ■
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セレムのテントの明かりは落とされていた。その入り口からフェザンはそっと中へと入り込む。
他に誰もいなかった。
夜具の上には、先日見たままのセレムが横たわっていた。月明かりに、ぞっとする程白く見える顔。
一瞬、背筋を走る悪寒。
しかし、微かではあるが確かに感じる息遣いがそこにあった。
フェザンは近づいて、恐る恐る手を伸ばし、セレムの髪に触れてみる。すくい上げた髪はサラサラと指の間を擦り抜ける。
「…セレム…」
呟くように声をかける。
本当はもっと近づきたかった。喧嘩をするのではなく、お互いを認め合いたいと思っていた。それなのに口をついて出る言葉は刺をもったものばかり。
どうしてこんな風になってしまったのか。
フェザンは軽く頬に触れてみた。
「セレム」
もう一度名を呼ぶ。しかし、答えはなかった。
「おい…っ」
揺すぶっても起きなかった。軽く頬を叩いてみるが同じだった。次第に膨れ上がってくる悪い予感。
いや、そんなことはない。確かにまだ息があるのだ。しかし青い瞼が、どこか生気を欠いて見えた。
フェザンは、シーツの上に出されていたセレムの手を、そっと握る。
「目を…覚ませよ」
あの時頭を強く打っていた。出血もあった。もし、表面に現れないような症状なのだとしたら。このまま目を覚まさなかったら。
グルグルとフェザンの脳裏をかすめていく嫌な考え。
「お前が目を覚まさなきゃ、俺のせいになるだろ。ばかやろー…」
握った手に頬を寄せる。
――まだ、伝えていない思いがあるのに。早く起きろ。
指先に力を込める。
その時。
僅かに身じろいだのを感じた。はっとしてフェザンはセレムの顔を覗き込む。碧の瞳が開かれていく。
「セレムッ」
ゆっくりと焦点が結ばれ、フェザンの姿を認めるのが分かった。ほっと胸を撫で下ろすフェザン。その耳に、次に飛び込んできた言葉にフェザンは愕然とする。
「君は…誰?」
不安そうに見上げてくるセレムの瞳は、フェザンを見知らぬ者として見ていた。