■ 遠い約束 ■
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「毎晩毎晩、ご苦労なことだよな」
待ち伏せしていたのは少し苛立っていたから。一言いってやりたくてフェザンはセレムの帰路を待っていた。
セレムが毎晩のように出掛けてはレイヴァンのテントで夜を明かしていることは知っていた。知らん顔をしていたつもりだが、ふと寝損ねた暇つぶしにと、夜更けの道をこっそり自分のテントを抜けて行くセレムの姿を追いかけた。
そこで見たのは、夜具の中でレイヴァンに組み敷かれるセレムの姿だった。
二人の関係は公然の秘密だった。
強大な解放軍を統べる王太子レイヴァンと、征服された小国の生き残りの魔道士セレムとの許されざる関係。噂によると、王太子は本国に戻るとどこかの姫との婚礼が待っているため、帰国を拒んで愚図愚図と周辺小国を平定して回っているのだと言う。
確かに、初めて見たセレムは金髪碧眼の美少年だった。彼の美貌にひかれて入隊した者も多いと聞いた。かく言う自分もその一人だったが、その淡い思いもレイヴァンとの噂話に粉塵と消えたものだった。
別にセレムが自分との関係を約束してくれていた訳でもなかった。
ただ、自分の片思いだっただけ。
セレムがレイヴァンと何をしようとフェザンの口出しする所ではないのだ。
それなのに。
「何のことだよ?」
フェザンの言葉にムッとしながら聞き返すセレム。
「レイヴァンサマはお優しいよな。お前、敗戦国の捕虜だったんだろ? ケツ振って命乞いしたんじゃねぇ?」
本当はこんなことを言いたくなんかないのに。欲していたのは互いを認め合う関係。自分をもっと見て欲しかった。
諦めかけていたものが、再び気になり始めたのはいつの頃だったろうか。
顔と180度違って高飛車で高慢なセレムとは、顔を会わせる度に喧嘩を繰り返していた。1つだけ年上で先に入隊したからと、先輩風を吹かせてはフェザンの言動にいちいち口出しをしてくる。先の失恋も重なって、目障りな奴としか捕らえてなかった。
それが、いつの頃からか目がその姿を追いかけるようになり、いつか求めるようになっていた。
しかし最初に確立された関係はフェザンの思いを空回りばかりさせていた。気が付けばいつも喧嘩で終わる。
そして、もう少し早くにこんな関係は改善させるべきだったと後悔したのは思いっきり殴った後だった。
下草に足を取られて倒れた先に石があった。あっと思った瞬間には、フェザンの殴った相手は動かなくなっていた。
赤い血がゆっくりと広がっていくのが目に映った。悪夢に見えた。