■ 昔話


「お空を飛ぶの?」

 漆黒の大きな瞳を輝かせて、綺羅が嬉しそうに聞き返してきた。戦はそんな妹に、同じ色をした瞳を向けて笑いかける。

「うん。詩弦(しづる)兄ちゃんが教えてくれるって」
「いいなぁ。綺羅も…」

 言いかけて、綺羅はハッと気づいたように俯いた。

 竜達の中の一番下の妹である綺羅は、戦達竜族の血を引くことはない人間の子だ。どれ程に頑張っても、兄達のように竜となって空を飛ぶことはできないのだ。

 しょんぼりしている妹の頭に手を置き、戦はそっと撫でてやる。

「じゃあ綺羅は、俺が飛べるようになったら、背中に乗っけてやるよ」

 そう元気づけるように言ってやる。と、綺羅はすぐに顔を上げて、目を輝かせた。

「ホント?」
「ああ。一緒に飛ぼうな?」

 妹の顔に、はにかんだような笑顔が浮かぶ。

 どんな宝物よりも大切な大切な存在、兄弟たちの誰もが守り続けている妹――その存在が、まだ身近にあった頃の話。


   * * *


「え゛…しづる…兄ちゃん…?」

 すぐ上の兄である詩弦に連れられて向かった崖の上に待っていたのは、上から三番目の兄、凪(なぎ)だった。

 戦は慌てて詩弦にしがみつく。

「何で凪兄ちゃんが…?」
「悪いな、戦。凪兄に頼まれたんだ」

 詩弦は余り悪びれた表情を見せることもなく、柔らかな笑みを浮かべていた。

「ひど…やだよ、凪兄ちゃんが先生なんて…」

 言って、戦は背後に立つ気配にギョッとする。恐る恐る首だけ向けると、見下ろすように立つ凪。

「私が先生だと不満か、戦?」

 抑揚のない淡々とした口調に、戦は身震いする。


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