元々、自由奔放な竜兄弟達の中にあって、唯一で一番厳しい兄である。戦に他意はないにもかかわらず、何かする度に叱られ、尻を打たれていた。幼い頃から――母がいなくなってから、ずっとである。怖くない訳がない。
これから初めての飛行訓練である。しかもここは険しい崖の上である。ここから突き落とされるに違いないと、鈍い戦にも見当はついた。
「生憎と、連日の鳳凰との戦いでみんな疲れている。お前一人にそうそう構っていられるものでもない」
「だったら…」
放っておいてくれと言う前に、詩弦からポンと背を押されて凪の前へ突き出された。
途端、戦は全速力で逃げ出した。
冗談ではない。殺される――本能的に、そう思った。
こんな格好の悪い姿なんて綺羅には見せられない。連れて来なくて良かった。そう思って、ふと、綺羅の顔を思い出す。
自分を信じきった、切ないような瞳。あの瞳に何て言ってやればいいのか。そう思った瞬間、足元を風がすくっていった。
「うああっ」
全速力で走っていた最中、しかも考え事をしていたものだから、戦は思いっきり地面に転がった。
泥まみれになって顔を上げると、そこに人の足元が見えた。
「往生際が悪いぞ、戦」
凪だった。戦はすかさず立ち上がって、兄を睨む。
「うっせー。俺は詩弦兄ちゃんが教えてくれるって言うから来たんだ。凪兄ちゃんなんて、教えていらねぇっ」
怒鳴って見上げる凪の顔。その表情がほんの一瞬だけ揺らめいて見えた。
見間違いかと目をこらした途端、戦の身体を竜巻が襲った。
「おわあああああっ」
巻き上げられ、空へ運び上げられる。
渦巻く風の中、凪の声が聞こえた。
「教えて欲しくないなら、自分で勝手に覚えるがいい」
そのまま千尋の谷へ突き落とされた。
それは、戦が12になった年の春のこと。
オチがなくてゴメンなさい。
元々は、空を飛ぶ訓練をするのは詩弦の方で、それを見学していた戦と綺羅が竦みあがると言う話だったのですが、歌竜の詩弦って、本編である現世ではまだ一言も喋ってないような薄い存在なので、どうかと思って。
で、結局、戦が痛い目をみるということに(苦笑)。