■ 初詣
ぽんぽと柏手を打って頭を下げる杳を見て、同じように寛也も頭を下げる。
そんな二人に、潤也は軽い嫉妬心を感じながらも苦笑を浮かべた。
「竜神と呼ばれているのにね」
そう呟いて、横に立つ少年に同意を求めた。
潤也と寛也は、杳と翔に誘われて初詣にやってきた。少し足を延ばして最上稲荷まで来てしまった。竜体になっての移動だったので、それ程の苦労もなかったのだが。県下で最も参拝客の多い稲荷神社はかなりな人出だった。
「今年は受験生だからね。少しでも成績が上がりますようにって願うくらいかな。でも、どの神に願うんだか」
寛也も神と呼ばれている本人なのにと潤也は思う。
「あれ。二人はお祈りして来ないの?」
拝礼が終わって戻ってきた杳に聞かれた。少しだけ首を傾げて、キョトンとした表情に、顔を赤くする潤也。その横で翔が落ち着いた口調で答える。
「うん。だってここの稲荷って、僕達が生まれてからずっと後にできたものだからね」
「なーに言ってんだ。お前、まだ16だろ?」
寛也は自分より頭ひとつ分は低い翔の頭を掴んで、ガシガシ揺する。それを嫌そうに振り払う翔。
「今はね。でも竜体では4000年をとうに越えて…」
「お前は化石か?」
「化石は年代が違うでしょっ」
正月早々、言い合う二人に呆れて、潤也は杳に声をかける。
「杳は何をお願いしてきたの?」
「内緒に決まってるだろ」
そう言って、嬉しそうに笑う。
自分だったら、この杳の笑顔がずっと変わらないでいて欲しいと、そう願うだろう。
「あ、そーだ。おみくじ、引いとかなきゃ」
くるりと向きを変えて駆けて行く杳。まだ口論の終わらない二人組を残して、潤也もその後を追いかけた。
* * *
「あー、なにこれっ」
中吉の割に良くないことしか書かれていなかったおみくじを境内の柱にくくりつけて、人の書いた絵馬を眺めていた杳が、突然声を上げた。
何事かと寄って行く。そこに、杳が指さしている絵馬に書かれていた言葉。
『今年こそは杳とえっちできますように 寛也』
唖然とした。いつの間にこんなものを書いていたものか。いや、そんなことより、何て恥知らずな願い事か。
と、杳はその絵馬を抜き取り、砂利を踏み鳴らしながら寛也の方へ向かった。
「あ、ちょっと待って、杳…」
慌てて追いかけるも間に合わなかった。
杳はまだ翔と子どもじみた喧嘩をしている寛也の耳を掴み上げた。
「いてててててっ」
振り返る寛也の目の前に、さっきの絵馬を差し出す。
「これ、どーいうこと?」
「どうって…俺の願い事」
「このばかっ!」
言うと同時に、寛也の頭に絵馬を叩きつける。