■ 花瓶


「何だ、それ…」

 買い物から帰って来た弟が小わきに抱えている箱に気づいて、寛也は聞いてみた。潤也は笑顔を浮かべながら、それを寛也に手渡した。

「花瓶だよ。割らないように気を付けてね」

 キッチンのテーブルの上で箱の蓋を開けると、成る程、小さな花瓶がそこにあった。小さくて、差し口の細い一輪挿しの花瓶だった。

「どうしたんだ、いきなり」
「うん。男所帯でちょっと殺風景だからね。それに、花のひとつでも飾れば、人が来てもいいかなと思って」
「人って…」

 兄弟二人きりの生活を始めて何年になろうか。二人暮らしなので羽目を外し過ぎないようにと、友人は余り呼ばないことにしていた。昔からの二人の暗黙の了解だった。

 今では来客と言っても、杳か翔か、年に数回しか帰って来ない父親くらいのものだった。どれも男である。と言うことは、潤也が意識しているのは、多分、杳だろう。

 そう思って、寛也は杳の開きかけた蕾のようにかすかに微笑む奇麗な顔を思い出す。寛也にとっては花よりもずっと心が和む気がした。

 一輪だけ花を飾るよりも、杳に側にいて欲しい。

 そう思って、箱に入ったままの花瓶を上からぼんやり眺めていた寛也は、この形が何かに似ていると、ふと思った。

 思ったら、もう止まらなかった。

「なあ、ジュン…」

 買い物袋の中身を冷蔵庫に入れている潤也に声をかける。何げなく振り返った気配がしたが、寛也は花瓶の口に既に目が釘付けになっていた。

 それを箱の中から取り出すと、右手の人差し指を一本、花瓶の口に突っ込んでみた。

 入りそうで入らない、この感触――。

「花瓶の口って、杳のアソコに似てねぇ?」

 口走った次の瞬間、寛也はすぐ横で潤也の気配が膨大に膨らむのを感じた。はっとして振り向いた時には、結界の中に取り込まれていて、爆風の固まりが眼前に迫ってきていた。

「この、最上級馬鹿ヒロがーっ!!」

 潤也の怒声が寛也を襲う風の中にこだましていた。



 爆風が去った後、解かれた結界の跡で寛也はそのまま床に突っ伏した。

 花瓶の残骸を指の先にくっつけたまま。



  END






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