相変わらず顔色は白くて、この夏もとうとう日焼けひとつしなかった。少しきつめで印象的な瞳は軽く閉じられ、顔全体の印象を柔らかいものに変えていた。長い睫と、整った鼻筋、そしてとりわけ目を引くのは、形の良い、赤く艶やかな唇。
ゴクリ…。
思わず、生唾を飲み込んでしまった。
他に誰もいない筈なのに、何となく辺りを見回して、寛也は立ち上がった。起きるなと心の中で何度も唱えながら、そっと唇を近づけていく。
「…ばかヒロ…」
触れる寸前だった。突然発せられた声に、寛也は杳から飛びのいた。
起きているのか、起きたのか。のぞき込むようにして、恐る恐る杳を見やる。が、杳はそのまま動く様子も見せず、眠ったままだった。
「寝言…か…?」
寛也はホッと胸を撫で下ろすものの、よくよく考えると、寝言でそれはないだろうと思った。
大きく深呼吸して、もう一度チャレンジしようと、寛也は足音を忍ばせて杳に近づいていった。
顔をのぞき込むと、良く眠っていて、わずかに開かれた唇が寛也を誘っているように見えた。それだったら、いただいても良いかなと、勝手なことを思いながら唇を近づけた時。
カチャリ。
ドアが開かれる音に、寛也は文字通り飛び上がった。
「あら」
振り返ったそこに、杳の母親がジュースを乗せたトレーを手に、立っていた。
「あ、あのっ、俺っっ」
慌てる寛也に、彼女はくすりと笑って部屋に入ってきた。
「あらまあ、良く寝てるのね」
言って、机の上にトレーごと置いた。ジュースの入ったコップの他にケーキまであって、寛也が歓迎されていることが伺えた。それを立証するように、彼女の口からとんでもない言葉が発せられた。
「悪いわね、邪魔しちゃって。すぐに退散するから、続けてちょうだいね」
見られていたのだ、しっかりと。杳にキスをしようとしていたところを。
何も言葉を返せないまま固まってしまった寛也に、軽くかけられる声。
「大丈夫。おばさん、理解あるから」
そう言って、楽しそうに笑いながら、本当にさっさと部屋を出て行ってしまった。
寛也はそれを呆然と見送った。