「いいのか…続けても…?」
とても母親の発言とは思えない言葉に困惑しつつも、寛也はゆっくり杳を振り返った。
相変わらず良く眠っていて、起きる様子もなかった。
「よしっ」
小さく呟いて、決意の握り拳をしたまま、ゆっくり杳に近づいていく。今度こそ、大丈夫だろう。そう思って。
そう言えば初めてキスしたのも杳が眠っている時だったなと、思い出しながら唇を寄せていく。
穏やかな息遣いが聞こえる。
他に誰も人のいない、多分、杳が一番落ち着ける場所なのだろう、ここは。それが自分の腕の中であってくれたら良いのにと、心の中で願いながら、唇を合わせようとした。
その、寸前。
「………」
突然現れた巨大な気配に、目だけを向けて、寛也は動けなくなった。
「………」
無言ではあったが、その目は明かに殺気を含んで寛也を見ていた。
「うわああっ」
一瞬遅れて我に返った寛也は、即座に部屋の隅まで後ずさった。目の前に、翔がいたのだった。杳の座る机の下から頭だけ覗かせて、寛也を睨んでいた。
「お前…お前…いつの間に…」
「初めからいましたよ。ずっと、ここに」
翔はよっこらしょと言いながら、机の下から身体を出す。杳を起こさないように、細心の注意を払いながら。そんな翔こそ、こんな所で何をしていたのか。
「ずっと…って…」
では、寛也が何度もチャレンジしようとして、しくじるのを見て楽しんでいたのだろうか、この性悪竜王は。
「まあ、こんな可愛い顔されてちゃ、やっちゃいたくなるのは仕方ないんですけどね」
言って、翔は舌でペロリと唇を嘗めて、寛也を見上げてきた。
「今されると、僕と間接キスになるけど、いいですか?」
気色悪いことを言ってにっこり笑った顔が、果たして悪魔にも見えた。
こいつ、いつか絶対に潰そうと、寛也は改めて心の中で誓うのだった。
秋風の吹き抜ける、初秋の午後のことだった。
END
むかし、どこかで使ったネタですが、ありがちですみません。
これ、実は杳が起きていたと言うオチを考えていたんですが。