■星まつり
「晴れねぇなぁ…」
教室の窓から空を見上げて、寛也は呟いた。
見上げる空は厚い雲に覆われている。雨こそ降りそうにないが、晴れそうにもなかった。
「何か飛んでるの?」
と、ヒョイッと横から杳が顔を突き出してきた。
「うわああっ」
驚いて、思わず身を引く寛也。そんな寛也をクスリと笑って、杳は寛也の見上げていたと同じ空を振り仰いだ。
「何も見えないけど…」
期待したようなものが見えず、つまらなそうにそう言って、杳は肩をすくめる。そして、しれっと言い放つ。
「父竜でも飛んでるのかと思った」
「お、恐ろしいことを…」
そんなことを平然と言う杳に、寛也は冷や汗が出そうだった。
「じゃ、何見てたの?」
また、不満そうな顔。ころころと、良く表情が変わるのは、安心している相手にだけ見せるものだと知っているから、それだけでも嬉しい気持ちになる。
「ん。今夜は星が見えないなと思って」
「星?」
星座の観察でもするのかと聞く杳に、寛也は笑う。
「今夜は星まつりなんだ。知らねぇ?」
首を振る杳。
「新月なんだよ。だから、星がキレイに見える筈なんだ。なのに曇ってるから、残念だなぁと思って」
「ふーん…」
そんな寛也を伺うように見やって。
「ヒロって、見かけに寄らずロマンチストなんだ?」
「見かけに寄らずってのは、余計だっつーの」
言って、杳の額を指でつつく。
「それで、誰と見に行く予定だったの?」
「えっ」
突然聞かれて寛也はうろたえる。まさか目の前の人を誘うつもりだったなんて、今更言えなかった。
答えない寛也に、杳は何が楽しいのか、くすくす笑う。
「でも、残念だよねぇ、見られないんじゃ。諦めたら?」
「そーだなぁ」
まあ、新月は月に一回あるし、今日でなくとも良いだろう。単に、思い立っただけのことだったから。
「でもね、オレ、曇ってても星が見える所、知ってんだけど?」
「え?」
杳のことだから、まさか竜体になって、雲の上まで昇れって言うのかと思ったが、案に反して、杳は楽しそうな顔のまま言う。
「連れてってあげようか?」
そんなことは、めったにない。ここで食いつかなければ、一生後悔すると咄嗟に思った。
「うん、うん、うんっ」
寛也は全身で何度もうなずいて見せた。その姿に、また杳は楽しそうに笑う。
「じゃあね、8時にヒロんちに迎えに行くから、待ってて」
断る人間なんていないのではないかと思うくらい、杳は奇麗に笑った。
最近は、本当に素直な表情が多くなったように思う。その度にドキドキして仕方がなかった。
その寛也こそが、杳にどんな顔を向けているのか、気づいていなかった。
* * *