約束どおり、8時きっかりに迎えに来た杳が連れて行ってくれたのは、コンビナートの並ぶ、県下有数の工業地帯だった。
自動車専用道路から見下ろす、海岸線にひしめき合う工場と、それを取り囲むように広がる住宅地。それらの灯す幾万もの明かりが、眼下に広がっていた。まさに地上の星だった。
「すげーっ」
神戸や函館の夜景とはとても当然比べものにならないのだろうが、こんな近くにこんな風景があったなんて知らなかった。
「こんなもん、良く見つけたな」
「ここら辺を走る連中には有名らしいよ。オレ、つるまないから、自分で走ってて見つけたんだけど」
「へー」
確かに、夜の道を走るのは気持ち良いと思った。杳は一人でこんなふうに、走っているのだろうか。
「で。誰を誘う気だったの?」
突然、話題を変えてきた杳に、寛也はたじろぐ。
「いや、だから、それは…」
言いにくそうにする寛也の顔を、じっと覗き込んでくる。かなりな至近距離で見つめられて、寛也はとうとう観念した。
「お前だよ」
そう告げる寛也に、杳は目をしばたかせた。思ってもみなかったのだろう。
「お前と二人で見たかっただけだよ。もー、いいだろ?」
言ってて、恥ずかしくなった。ロマンチストだなどとも言われたし。笑いたければ笑えばいい。そう思ってそっぽを向いた寛也に、杳は不満そうな声を出す。
「だったら、ちゃんと言ってくれればいいのに」
はっとして振り向くと、杳はちょっと拗ねた顔。
「誰を誘うのかって、心配したじゃない」
それはもしかして、もしかすると、ヤキモチを焼いてくれていたのだろうか。全然平気そうにしか見えなかったのに。
寛也は顔の筋肉が、どんどん緩んでいくのを感じた。
「じゃ、約束しねぇ? 今度の新月の夜もデートしようぜ」
堂々と、ぬけぬけと言い切ってしまった。何を返してきても約束を取り付けてやろうと思い、構えた寛也の耳に届いた言葉。
「ヒロが連れてってくれるなら、いいよ」
天へ舞い上がったことはこれまで何度もあったが、これ程に浮かれて舞い上がったことはなかったと思う。
「ホントに? ホントに、いいのか?」
思わず念押ししてしまう自分が情けないと思いつつ。
そんな寛也を、笑みを浮かべながら見やって、杳はうなずいて見せた。
「いいよ。約束…」
言って、寛也の服を掴む。何事かと引かれるまま近づくと、唇が触れてきた。
柔らかなその感触に、心臓が飛び上がるかと思った。が、その一瞬後には、離れてしまう。その身を、咄嗟に抱き寄せた。
「ゆびきりだって、もう少し長いだろ?」
「もうっ」
言いながらもまぶたを閉じる杳に、寛也はゆっくり唇を重ねていった。
地上の星が、ひとつ、またひとつと消えて行くまでの間――。
END
お読みいただき、ありがとうございました。前回の「蛍」と似たような感じになってしまいました。時期的にも、あのすぐ後くらいです。
この二人、キスが好きです。
元々は七夕ネタにしたかったのですが、間に合わず、こんな感じですみません。
ところで、「銀河鉄道の夜」の星まつりって、8月だと思うのですが、いかがでしょうか。