杳の自宅へ文字通り飛んで行くと、杳は門の前で待っていた。近くの、人目につかない物陰に身体を小さくさせながら降りて、慌てて駆け寄る。

「悪ィ、遅くなった」

 速攻で謝る寛也に、杳はキョトンとして見せる。

「遅くないよ。まだ7時きてないし」

 だったら、なぜ外で待っていたのか。もしかして、楽しみにしてくれていたのだろうか。一瞬、喜びかけて、その思いを簡単に打ち砕く杳。

「翔くんに見つかると、一緒に来るってうるさいから。こっそり逃げてきた」

 言って、小さく笑う。

 あっちも、こっちも、邪魔者ばかりだと、寛也は自分の身を哀れんだ。

 早く早くと背を押す杳に促されて、寛也は竜玉を取り出した。


   * * *


 『ほたる公園』と看板が掲げられた公園には、金曜日とは言え、平日の夜であるその日は、他に人影が見当たらなかった。

 薄暗くなりかけた公園には、外灯がひとつ灯るだけで、他には蛍の透かし絵の灯籠が蝋燭の光もなく飾られているだけだった。

「月、陰ってきたな」

 空にぼんやり半月が見えたが、薄い雲に覆われていた。が、足元に不自由することはなかった。

 公園の向こうに、河が流れていた。県の三大河川のひとつ、旭川の支流のひとつで、かなりな川幅に、橋がひとつ、向こう岸に渡されていた。川向こうは山になっていて、その山伝いに道路が走っているようだった。が、通る車もないのか、ヘッドライトの光もなく、静かな風景が広がっていた。

 杳が後ろをついてくるのを確認しながら、寛也は川べりまでやってくる。数日後に行われる『ホタルまつり』の為の灯籠が、ここにも川岸に沿って立てられていた。その灯籠の間に滑り込む。

「ここにホタルがいるの?」

 まだうっすらと明るい周囲に、その求める光は見られなかった。

「もう少し暗くならねぇと見えねぇんだ」
「ふーん」

 すぐに見られるものだと思っていたのか、杳は少しがっかりしたようにうなずく。そのまま黙って川の方向へ目を向けた。

 川と言っても、半分以上が草で覆われていて、水面はほとんど見えなかったが。

 今の時季、日が落ちてもなかなか暗闇に包まれない。それでも周囲の半分を山で塞がれている奥地なので、町中よりはかなり暗く、そして静かだった。

 川の流れる音が聞こえる。何の虫か、ジージー無く声に混じって。

 つと、杳が身震いした。

 昼間は30度近くまで気温が上がっていたのだが、山の奥では日没とともに、ぐんと冷え込んできた。冬でも平気でタンクトップの寛也はほとんど気にならなかったが、杳にはそうではなかった。

 寛也は上着を持ってきている訳でもないので、着せてやることもできなかった。

 どうしたものかと思いあぐねる寛也の横で、杳は両手で腕を抱き締める。余程寒いのだろう。


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