「ヒロ、どこか行くの?」
帰宅して早々に夕飯を済ませ――しかも、自ら作って――、出掛けようとした所へ、学校から帰ってきた潤也に声をかけられた。
「あー、お前、今日は早いじゃねぇか」
「うん。今日くらいは早く帰ってもいいかなって思って」
そうだった。双子だったと、杳のことだけに現を抜かして、うっかりしていた自分に気づく。
「ケーキ買ってきたけど、食べるよね?」
遠回りをして買ってきたのだろう、この近辺では評判の店のショートケーキの箱を見せる潤也。
「悪ぃ、俺、今夜は約束があるから」
「えー、聞いてないよ」
「ホント、今夜だけは見逃してくれ」
拝むように両手を合わせる寛也に、潤也は鼻を鳴らす。
「ふーん。杳か…」
「えっ?」
突然言われて、顔に出てしまったのだろう、潤也は寛也を見下ろすようにして見やる。
「自分だけ良い思い、するつもりなんだ?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、ちょっと、今夜は一緒にいたいかなって思って」
「抜け駆けなんて、ずるいと思わないの?」
「いや、でも、それは…」
言い訳ができなくてしどろもどろの寛也。潤也が自分よりも前から杳のことを思っていた事は知っていた。それが、昨年の一件以来、関係が大きく変わってしまったのだ。潤也には面白くないだろうことは分かっていた。それでもやっぱり自分の気持ちに嘘はつけない訳で。
冷や汗の寛也に、突然潤也は吹き出す。
「なんてね、冗談だよ」
軽く言い放つ。
「さっき杳が言ってたからね」
「え?」
いつの間にと、思った。バイクを置いている自転車置き場まで送って行って、帰って行くのを見送ったと言うのに。わざわざ、引き返してきたのだろうか。潤也に会うためにか?
「僕も誘われたけど、断ってあげたから。感謝しなよ」
「何でお前を誘うんだよ?」
「さあね。ヒロと二人っきりになるのに、身の危険でも感じたんじゃないの?」
「な…っ?」
襲いかかるような真似は一度だってしたことはないし、それどころか、ものすごく大切にしているつもりなのに。
愕然とする寛也に、潤也は満足したように口調を和らげた。
「これも冗談。ほら、もう行かないと、約束に遅れるよ」
潤也の何が冗談で何が本気なのか、覚醒して以来、分からなくなってしまった寛也だった。寛也の背中を押してそう言う潤也は、今度は保護者のような表情を向けていた。
「ケーキはヒロの分だから。味は落ちるけど、明日でも良かったら食べてよ」
言って潤也は、もう興味をなくしたように背を向けて、自分の部屋へ向かった。その潤也を見送って、寛也はほーっとため息を漏らした。
* * *