■ 白百合
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――杳兄さん、一人で留守番なんです。少し心配なので、時々様子を見に行ってくれませんか?
葵 翔が、頼みたくもない相手に電話をかけてきてそう頼んできたのは、一重に従兄弟の杳のことが心配だったからだろう。実際、翔にはどうしても外せない用事があったらしい。
日本中がお盆真っ盛りの時期だからと、そう思い至って、寛也は青く晴れ渡った夏空を見上げた。
「何やってんだ、あいつ」
寛也は葵家の門を抜けて玄関へ向かおうとしていたところで、ふと、庭の隅に立つ杳の姿に気づいた。
そこで、杳はぼんやりと足元を眺めて、じっと佇んでいた。
「杳」
声をかけると、すぐに顔を上げた。夏の日差しを受けても一向に日焼けすることのない白い顔が振り返る。そこに、思ってもいなかった人物を見つけた為か、戸惑いの色を目に浮かべて。
「暑いだろ? こんな所で何やってんだ?」
言って近づいていく寛也に、杳はようやくいつもの澄ました顔に戻っていく。
「花、見てただけ」
素っ気なく言って、また視線を落とした。そこに、余り大きくもない花をつけた白百合が一輪咲いていた。花屋で売っているような派手なものではなく、小さく唇を開いただけの鉄砲百合だったが、「清楚」と言う言葉がまさにピッタリの花だった。
杳に園芸の趣味があっただなんて知らなかった。そう言ってからかってやろうと思った。が、振り返った杳の横顔は、ひどく悲しそうに見えて、寛也は言葉を飲み込んだ。
「…この花、翔くんとこの伯母さんにもらったんだ」
ポツリと言った言葉に、寛也はハッとする。
この春に、翔の両親と祖父母は火事で亡くなった。残された翔は従兄弟である杳の家に引き取られて来ていたのだ。そして、今年が初盆になる。
「オレがこの家に戻される時にね、根を分けてくれたんだ。夏になったら白い花が咲くよって言って。オレ、全然世話をしないから、毎年、花芽を虫にやられていて…でも今年やっと咲いたんだ」
多分それは、今年はちゃんと花の手入れを怠らなかった為だろう。
真っ白い百合は、ぬるく流れる風にかすかに揺れる。それを見下ろす杳の横顔が、また、悲しそうに曇る。