■ 白百合
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いつだったか、聞かされたことがある。
事情があって、杳は小学校の一年生の時までは、翔の実家に預けられていたのだと。両親と離れて暮らす小さな子どもにとって、彼らの存在がどんなものであったか、容易に推し量れる。
多分、本当の家族のようなものだったのだろう。
「花が咲いたら写真を送るねって約束したのに、結局一度も見てもらえなかったんだ。バカだよね、今頃になって…」
杳の心の中を占めるのは後悔と、死者をいたむ気持ちと。しかし、そうであって、同時にどちらとも違うような表情を花に向けていた。
「オレ、伯父さん達が死んだって聞かされた時、涙も出なかったんだ。ひどいよね、何年も育ててもらったのに」
そう自嘲気味に言う杳は、とても辛そうに見えた。
初盆であるこの時期に、杳は体調が思わしくないからと、一人置いて行かれたのだろう。何でもないような涼しい顔をして、翔の実家の墓のある福井へ出掛ける家族を見送って、その後ずっと、一人で百合を眺めていたのだろうか。
寛也はそんな杳から視線を花壇に移した。そこに咲く真っ白な百合の花に。
「優しげな花だよな…」
素直な感想だった。杳はそう言った寛也を、驚いたように振り返ってきた。似合わないことを言うとでも思ったのだろうか。
「百合ってさ、毎年同じ所に花を咲かせ続けるんだ。だから、ここでこの花もずっと生きていくんだぜ」
凛と背筋を伸ばしたように真っすぐに伸びた茎と、たおやかな白い花弁。
ああそうだ、この花は杳のようだと、寛也はぼんやりと思った。
翔の母が何を伝えたくて杳に苗を贈ったのかは計れないが、その思いは今もここにあるのではないだろうか。
優しく、強く、まっすぐに伸びたこの花に。
「…そうだね」
呟くように言って、杳はもう一度白百合の花に目を向けた。
その目に映るものが何なのか、自分には到底知る由もないが、ただ、この目の前の人が悲しい顔をすることだけは耐えられなかった。
寛也は立ち尽くしたままの杳の肩に、そっと手を回して抱き寄せる。
「ヒロ…?」
何事かと見上げてくる杳の顔を、自分の胸の中に抱き締めて。
「泣けばいい。俺も目を瞑っててやるから」
涙が出ないのは、悲しみを内に閉じ込めてしまう為。だけど、泣けば一歩前へ踏み出せる。そう囁く声に、杳の肩が震えた。
声も出さないで、涙ひとつこぼさないで、杳は静かに泣く人なんだと、寛也は初めて知った。
この腕の中の人が背負う遠い過去の悲しい出来事も、辛い思いも、乗り越えることができるなら――その為になら、自分は何でもしたい。
いつか、この腕の中でちゃんと泣ける時が来るまで、ずっと守っていきたいと、そう思った。
-END-
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再録でごめんなさい。
2年前に書いたオフの無料配布本の中の一篇です。
花壇で百合の花が咲いたので。