■MoonNightSymphony■
-番外-

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「どんな理由があるにせよ、レディの皮を借りてしか行動できない奴を許すわけにはいかないな」
 エドガーの言葉に魔物は鈍く光る牙をむき、飛びかかってきた。
 俊敏なその動きに、エドガーは辛うじて身をかわす。いや、かわしたつもりだった。触れてもないのに片腕に鈍痛が走ったかと思うと、ぱっくりと傷口が開いていた。風圧だけで裂けたようだった。
「くそっ」
 ここは逃げるしかないと思った。どちらにしても防具はおろか、衣類も身にまとっていない姿では、却って動きにくい。
 エドガーはドアの方へ目を走らせる。女が倒れている向こうにあるそれまでの距離を測って、駆け出そうとしたその時、ゆっくりとドアが開かれた。
「――!」
 そこには別の魔物の姿があった。
 連中は機会をうかがっていたのだった。ぞろぞろと室内に入って来ようとする幾体もの魔物達。既に逃げ道は断たれたかと一瞬あきらめかけた時、背後の窓に人影が映った。
 コンコンと硝子を叩く音に振り返ると、昼間の青い瞳がそこにあった。ライムだった。
「絶体絶命ですね」
 にっこり笑ってそう言う彼に、窓から逃げる手があったとエドガーは気づく。急いで窓を開けて、絶句した。
 ここは、石作りの宿屋の最上階だった。飛び降りればいくら強靭な肉体を誇るエドガーと言えどもただではすまなかった。
 いや、それよりもライムの今いる場所に驚く。
「お前…」
 彼の足元には屋根などの足掛かりはなく、紛れもなく宙に浮いていたのだった。
 よく見るとライムは昼間と多少雰囲気が違っていた。
 ピンととがった耳に、幾分小柄な体格。そしてその背から伸びる、月光にさえ透けてしまうような薄い羽。
「妖精…か?」
 しかし、青空を切り取ったような瞳はそのままだった。
「助けてあげましょうか?」
 誰が手助けなどいるものかと思った。妖の物、ましてや子どもになど助けられた日には、自分のメンツは丸つぶれだと思った。
 エドガーの顔色にライムは気づいた様子で、フンと背を向ける。
「いいですよ。下にもわんさか魔物はいますから。貴方が火を噴くドラゴンでもない限りは、ぜ〜ったいに逃げられません」
 そう言ってライムはふわりと空へ舞い上がる。
 同時に魔物が襲いかかってくる気配を感じて、エドガーは振り向きざまに小剣を振り下ろす。濃緑色の生臭い体液を撒き散らして、魔物は吹き飛ばされる。と同時に、小剣はポッキリと柄の部分から折れ落ちた。
「くっそーっ!」
 続けて襲いかかってくる二匹目の魔物。エドガーは柄だけ残った剣を捨て、身構える。その鋭い爪に対して、素手では歯が立たないだろうことは剣豪でなくとも分かる。
 その時、ふわりと身体が浮いた。途端、エドガーは窓の外へ放り出された。
「な…?」
 見ると先程の妖精が、エドガーを抱えて空に浮かんでいた。
 慌てるエドガー。
「な、何をする! 放せっ!」
「暴れないでください。ただでさえ重いのに。叩き落としますよ」
 眼下には魔物があふれていた。今、ここから落とされたのでは魔物の幾体かを下敷きにして助かるかもしれないが、その後は八つ裂きにされるのが目に見えていた。
「…すまない…」
 もう、従うしかなかった。


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