■ ばくの話
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『ばく』がやってきた。夢を食べるという、アレである。
何故、どのような経緯でそれがそこにいるのか、僕にはとんと見当がつかなかったが、杳が、生き物はいたわらなければいけないと言うのでみんなはその疑問を口にすることは避けた。
しかし僕だけは遠巻きに眺めて一人、眉の根を寄せていた。
ばくは、昼間はのんびりと日なたぼっこをしながら眠っている。時折思い出したように顔を上げ、口を動かすことがあった。
誰かの夢でも食べているのかと翔くんが呟いていた。その奇妙な生き物を多少近寄りがたそうにしながら。
昼間から夢を見ている奴なんてそんなにいるものかと言って、僕は寛也の方へちらりと目を向けてくる。いくら自分であっても目を開けたまま夢を見るなどという芸当はできないと、多少憤慨しながら言い返してきた。全くだと、僕は笑って返した。失敬な奴だと呟く声が聞こえてきた。
* * *
ばくは何をするでもなく、そこにのんびりと横たわっていた。
一日たち、二日たつうちに誰もがそれに慣れてしまったのか、ばくを遠巻きに眺めるといった行為をしなくなった。
一週間もたった頃にはそこにいることが当然でもあるかのように、誰も気にすることはなくなった。それ程までにばくは自然に我が家に馴染んでいった。
ただ僕だけがその違和感にいつまでも捕らわれていた。それ程あっさりと周囲の者達が慣れてしまったことさえも僕の疑問とするところだった。
ばくは食物を口にしなかった。何しろ誰も飼ったことのない動物だけに何を与えてよいのか分からなかったので、野菜やら肉やらを次々とその鼻先に並べてみたが、ばくは振り向きもしなかった。
杳が困って僕の元へ相談に来たが、僕とてその答えを知るはずもなく、肩をすぼめてみせながら、夢でも食べているんだろうと冗談のように返した。その物言いが気に入らなかったのか、杳は僅かに不機嫌な色を瞳に浮かべた。しまったと思った時には、杳はいつもの顔に戻っていた。
そこで、取り敢えずは腹をすかせている様子はないのだから心配はいらないだろうと告げると、杳はほんの少し表情を和らげた。
そんな些細な変化にさえ僕は心うごめくものを感じずにはいられなかった。杳はそんな僕の思いに気付かぬように、そうだねと相槌を打って僕の側を離れた。
杳の後ろ姿に我知らず溜め息が出た。
その時。
ぱくっ。
耳慣れない音に僕は目を向け、ギョッとした。いつの間にやってきたのか、たった今の話題の主がそこに重そうな身体をのさばらせていたのだ。
つい先程までいなかった筈である。いつ近づいてきたのか、その気配すら感じられなかったのだ。僕は訝しげにばくを見下ろした。
ばくは何くわぬ顔をしてのっそのっそと僕の足もとを横切っていく。口元をもごもごさせながら。
――不気味な奴。
そう思った。得体の知れない生き物である。
そうして、ばくはゆっくりと次の間へ消えていった。
* * *