「夕飯、二人分作ったんだけど、食べて行くよね?」

 杳はそう言って翔を寛也の席に座らせた。何も不満な表情を浮かべない彼に、翔は杳の方も寛也への思いが薄れているのではないかと思った。

「コンパってことは、女の子もいるんだ?」

 思いっきり露骨に聞いてみた。すると杳はあからさまに嫌そうな表情を浮かべるものの、そっけなく返す。

「合コンとは言ってなかったけど…」
「寛兄って、そーいうの、好きなんだ?」

 また、ピクリと、今度は頬が引きつったように見えた。相変わらず分かりやすい。

「じゃないの。高校時代から酒飲みだったし」

 口調は投げやりなままだったが、敢えて翔の問いの意図する方向を避けようとしているように思えた。

「オレのことはともかく」

 もっと聞き出したいことはたくさんあったのに、先に杳に言葉を取られた。今度は翔の方が質問攻めに合った。

 寛也のことは考えたくないのだろう。これ以上話題を振っていると翔にまでとばっちりが来そうなので、仕方なく杳の質問に答えることにした。


   * * *


「杳兄さんは春休み、どうするの?」

 大学の後期試験はもう終了している筈だった。岡山に帰らずにここにいるのは何故なのだろうかと、ふと思った。

 夕飯の片付けを手伝いながらそう聞く翔に、杳はまた笑みを浮かべてくる。

「どうしようかな」

 することもないのにここにいると言うことは、寛也と一緒にいたいからなのだろうか。問おうとして、ふと、杳が翔を見つめているのに気づいた。

「背、伸びた?」

 自分の目線よりもずっと高いところにある翔の目にようやく気づいたように、驚いた表情を向けて。

「まだ伸びてるよ」
「そっか」

 ひとつ、見つけた。追いついたもの。

「すぐにヒロ兄も追い越すよ」
「そうだね、あの小さかった翔くんが、もう大学生なんだね」

 「もう」ではなくて「ようやく」なのに。

 気づいてほしい。

 思ったとき、知らずに体が動いていた。

「翔くん…?」

 抱き締めた杳の身体は思っていた以上に華奢だった。

 幼い頃から小柄だった翔は、杳は手を伸ばしても届かない人だったのに、今は腕の中にすっぽり収まる。追いついたのだ。少しでも。

「好きだったんだ、杳兄さん…」

 小さな声でそう言った。聞こえないかも知れないと思っていたら、小さく頷く杳がいた。

「うん…」

 ゆっくりと翔の背に回される杳の腕。柔らかく翔を抱き締めてくる。

「でもね、翔くん、オレは…」

 続く言葉を聞きたくなくて、唇を重ねた。

 子どもじゃないと、言いたくて。


   * * *


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