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はしらのはなし・20番


(かくれたつもりはない。2002年9月)


(時は流れて、取り壊しの日。2003年5月)

 えっ?見つかってしまった? 頭かくして尻隠さず?

 どうして隠れているのかって問われても答えに窮する。以前は周囲に何もなくて、そういうもんだと思って立っていて、ほかの「はしら」と一緒にツンツンと地面を突き刺してただ立っていた。ただ川を見つめて立っていた。川の向こうの府中街道では自動車が行っては戻るし、ズダダダダ、と頭の上のモノレールも行っては戻る、何事も世の中は行って戻るばかりなのだと考えていたらば時の流れは行くばかりで、戻らないことを発見した。

 遊歩道の整備の一環として私たちモノレールの所には木が植えられた。それらが時の流れと共に成長し、私を隠した、そう隠しただけなのだ。隠れた訳じゃない。なのだが、ずっと木の陰にいると、自分は自主的に隠れているような錯覚を起こすようになった。だから、わざわざ写真なぞ撮られると、つい「見つかってしまった!」と思ってしまう私は20番。ということである。


(鉄パイプの枠と草に囲われている、こちらは東京・羽田モノレールのはしら)

(2005年9月/記)