=3= 宇宙海賊の包囲からの脱出(3)
教官船からメッセージが流れてきた。
特殊なコードを混ぜてあるので、敵に解読される心配はない。
新しい暗号とその解読は、永遠のいたちごっこなのだが、海賊軍団が最新鋭技術をそう簡単に取り入れられるとは思えない。もっとも正式な軍なら「暗号は作った時点で解読されていると思え」なのだそうだ。
「アルテミス団が強襲してくれば、本星からの援軍は間に合わない。我々は壊滅するしかない。幸い我々は旅客船を模した軍事船だ。最低限のディフェンスは出来る。多少の時間なら稼げるだろう。だが、それも多少だ。もっとも我々の船が『軍事船』であることを見抜かれていれば、敵は最初から最大火力で攻撃してくるだろう。こうなれば時間稼ぎすら有効でない。諸君、これは訓練であると同時に実戦だ。考えてくれ。どうすれば我々は助かるか!」
長いメッセージだった。緊迫感もない。有事にしては悠長だ。教官は既にこの窮地を脱する戦法を見いだしているのか?
それとも、動揺を避けるために、わざと余裕をかましているのか?
僕はどうでもいいやと思った。
死ぬときは死ぬし、助かるものなら助かる。
ならば、自分の美学を貫こう。
「最低限の被害で」
呟きがワグナの耳に届いたようだ。
「最低限の被害?」
ワグナは復唱した。
「気にしないでくれ。これが僕の戦いの美学なんだ」
「つまり、誰かが死んでも他の大勢が助かればそれでいいと?」
「違う。誰かを犠牲にして助かろうと言うんじゃない。犠牲は少ない方がいいと言ってるんだ」
「自分は助かりたい。玉砕する覚悟はない」
「馬鹿を言うな。玉砕もくそもない。敵も味方もない。どうすれば、犠牲が少なく戦いが早く終わるか。それを考えるのが司令官だ」
ワグナは僕が、「自分だけは少なくとも助かりたい。そのためには誰をどう犠牲にするべきか」と戦略を巡らしていると思ったのだろう。
「わかった。ならばいい方法がある」
だが、誤解は解けたようだった。
「いい方法?」
「敵は超カリスマ集団だ。ならば、カリスマを消滅させればいい。あとは暴力的なだけの烏合の衆だ」
「なるほど。トップを叩けばいいわけだ」
「そう」
「だが、どうやって?」
「さあ」
訓練中の船が海賊船に襲われているという報が本星にも流れたのだろう。シャナールから電子メールが届いた。
彼女は胸の前で指を組み、祈るようなポーズで哀願の表情を見せていた。
「お願い、無事に帰ってきて」
もちろんだ。訓練で海賊船に出くわして、命を落としたなんてしゃれにならない。
それも貨物船や旅客船のパイロットの訓練じゃない。俺達は軍人だ。
「絶対帰還する」
涙が流れ出すのを必死にこらえているシャナールの姿に、僕は誓った。
これが電子メールではなく、リアルタイムで双方向通信が開かれているのなら、僕は力強く彼女に答えていただろう。
「絶対に還る」と。
よし!
彼女の姿が、僕にアイディアをもたらした。ワグナに作戦を伝えて意見を聞く」
「アルテミス団に気付かれずに実行に移せるか?」
「それは多分大丈夫だと思うよ。一発の威嚇もせずに6点包囲しているんだから、あいつらは僕たちを軍事船だと思っていない証拠だ。こちらに打つ手なしと判断させて、一切の攻撃をくわえることなく降伏するのをただ待っているだけなんだ。つまり、無傷で僕たちの持っている全ての資源を奪おうというわけだよ。乗組員なんて、あとでどうとでも処分できるからね」
「だとすると、問題は、計算通りの場所に飛べるかどうかだな」
「うん、それともうひとつ、その間に攻撃を受けないことが条件」
「まさに、一か八か」
「でも、他に思いつかない」
「ならばやるしかないな」
ワグナは力強く頷いた。
僕は教官船に作戦のメッセージを送った。ワグナの同意を得ていたので、自信はあった。
ほどなく採用の返事が返ってくる。
「成功するかどうかはわからないが、やる価値はある。ベッシャーからの提案に基づいた具体的な作戦行動はこちらから指示する。以後、全船指示に従え」
僕は教官の指示に従って自動操縦のプログラムを打ち込んだ。そして、待避。
僕たち2号船の訓練生は全員一人乗り小型戦闘機パイレーツに乗り、教官船に移動した。
そして、ドームバリアーを張る。船のひとつひとつが独自のバリアーを張るのではなく、チームを組んでいる4隻全てを大きく包むバリアーのことだ。
「砲撃!」
教官の合図と共に、僕たちはバリアーに向かって内側から攻撃をする。失敗すれば後はない。訓練に必要なだけの砲弾しか積み込まれておらず、その全てを射出しているのだ。
砲撃はバリアーに遮られ、爆発。
ドームバリアーで囲まれた僕たちは、その内部で爆発現象を発生させたのだ。
ドームバリアー内がまばゆい光に覆われる。
強烈な光がドーム内に満ち、これにより目視はもちろん、あらゆる探索装置を用いても僕たちがどのような状況になっているか、外側からは確認できないはずだ。
光、電磁波、音波などがドーム内を乱反射するからだ。
自動操縦プログラムが組み込まれた2号船がワープする。
目的はアルテミス団の旗艦だ。
ワープアウト!
アルテミス団の旗艦と2号船が同次元の同一座標に存在した。
物理的にそんなことはあり得ない。従って、両船の物質はぐちゃぐちゃに入り組み、結果として破壊されてしまった。
超カリスマの親玉を失った荒くれ集団が混乱の淵にたたき落とされる姿が目に見えるようだ。
「バリアー解除! 全速後退!」
全てのエネルギーを移動のための動力に集中し、僕たちはひたすら逃げる。
親玉を失ったとはいえ荒くれ集団だ。一斉に攻撃が始まった。
だがその攻撃に思想も戦略もない。ただ闇雲に打ちまくるだけ。
いたるところに小さな傷を受けながらも、軍事船仕様の装甲に守られ、我々は全速で逃げた。
敵集団から遠ざかるにつれ、命中率は極端に低下し、火力も減少する。
本星へ向かう途中で僕たちは艦隊とすれ違った。
第2・4・16艦隊の混成部隊だ。
総司令官も「宣戦布告なしに民間船を攻撃した」ことに相当な怒りを覚えたのだろう。たかが海賊相手に3艦隊もが合同で出撃するとなれば、「追い払う」ことが目的ではなく、「殲滅」に乗り出したと考えていい。
アルテミス団が応戦したところで、圧倒的な軍事力の差に、全滅させられるだろう。投降に応じたところで軍事裁判で全員死刑になるに違いない。
僕の軍事美学とは遙かにかけ離れた結果になりそうだ。
アルテミス団としては、局地戦を重ねながら傘下を増やし、ゲリラ的にどこかの星を乗っ取るような作戦を考えていたのだろう。だが、僕たちの船の反撃が予想外だったに違いない。僕たちを降伏させるか、あるいは殲滅させることが出来れば、さっさとどこかへワープして逃げれば済む。本星の大艦隊が到着するまでに充分逃げ切れたはずだ。
いや、旗艦を失ってからでもそれは決して遅くはなかった。だが、指導者を失ったアルテミス団は、僕たちへの攻撃しか頭になかったのだ。
深追いをして、3艦隊からなる巨大艦隊にアッという間に壊滅に追い込まれる。
彼らの海賊行為は許されるものではないが、だが、トップを失った彼らの戦意を喪失させ、社会復帰させる方法はなかったのだろうか?
自業自得とはいえ、僕は失われた多くの命を想うと、暗く重い気分になった。
それを紛らわしてくれたのは、シャナールからの電子メールだ。 ディスプレイに映し出された彼女の顔は、涙に濡れた笑顔だった。