Naturalidentity

 

 

=4= 辺境惑星の反乱(1)

 

 安全なはずの模擬戦闘航海で、僕たちは海賊船団に襲われた。
 本星からの救援を待っていたら、果たして僕たちが無事だったかどうかはわからない。けれども僕たちは、僕が立てた原案を元に作戦を実行し、敵の旗艦を破壊することができた。
 敵は超カリスマの親玉を頂点とする海賊船団だ。ゆえに、カリスマの消失によって、僕たちは難を逃れることが出来たのだった。
 そして、帰還したカナスミルでは、大騒ぎになっていた。
 そりゃあそうだろう。今年入学したばかりのハイスクール生が、安全なはずの訓練航海で海賊船団に襲われ、一歩間違えば命を落としかね無かったのだから。
 「生命の危険は回避できたとはいえ、生徒諸君が精神的なダメージを受けていないとは限らない。カウンセリングを実施し、場合によっては本人の意思と関わりなくコース変更をさせることも考えた方がいい」などという見解がどこかから出された。
 幼児期に溺れたため、水への恐怖が潜在意識に刷り込まれ、とうとう大人になっても水に近づくことができない。そんな例まで引っぱり出されて、僕はちょっとうんざりした。だって僕はもう幼児ではないのだし、いずれ卒業すれば戦闘区域に出ていかねばならないのだ。
 「軍人コース1年生、ベッシャー・カテスラ、17歳」
 「はい」
 帰還してすぐ、僕を待っていたのは、担任教師との面談だった。
 「君は、カウンセリングを受けること。それから、10日間の自宅待機だ」
 「え? 自宅待機?」
 「そうだ。こんなことでまいるような君たちじゃないことを私は知っているが、とにかく当局の決定だ。従え」
 「そうですか、わかりました」
 あいにく僕は「そんなことをすれば授業に遅れる」などと嘆くような優等生ではなかった。
 そのことは担任が一番良く知っていた。釘を刺された。
 「腕を落とすなよ。自主トレをしておけ」
 僕の通うハイスクールの「軍人コース」においては、講義の他に実技がある。実技には専門のブースで行われる「ルームシュミレーション」と「実践」の二つに大別されるのだ。
 「ルームシュミレーション」は、操船や武器の取り扱い、部隊の指揮など、なんだかテレビゲームに近いのだけれど、もちろんゲームよりも現実的なプログラムが組んであり、シビアである。娯楽のための要素、すなわち、イベントやボーナスゲームなんてもちろん無い。
 一方、「実践」では、機器の修理や点検などのメンテナンス、宇宙天気図の作表、そして、白兵戦を想定した格闘技や、地上戦に備えた銃器の取り扱いなどがある。
 これらは常にトレーニングを行っていないと身体が鈍るし、すぐに実力の差が出てしまう。
 もっとも僕が目指す軍人像は、「戦闘による被害を最低限に抑えるために、いかにして早期決着をつけるか戦略を練り、そしてそれを実行に移す指揮官」である。だから白兵戦の技術なんて必要ない。いや、せめて護身にくらい堪能でなくてはいけない、ということは理屈ではわかっているのだが、自主トレをする気力が起こらず、結局暇を持て余してしまった。
 「だったら、デートでもしようよ」
 誘ってくれたのは、ジュニアスクールの頃からの恋人、シャナール・ムリークだ。
 彼女は僕が軍人コースに進むのに反対していた。それは進路を決めたあとも変わらず、さらには今回の模擬戦闘航海に出ることにも快く思っていなかった。
 そして、その訓練中に僕たちは襲われてしまった。
 無事帰還できたとはいえ、ニュースでこの事件は瞬く間に星中に知れ渡っているから、シャナールも当然知っている。
 彼女の気持ちを思えば、僕はどんな表情で、何を語ればいいのか、全く思いつかなかった。
 だから、バナスミルに無事生還して以来、僕はシャナールに連絡すら取っていなかったのだ。
 彼女から連絡がなければ、いつしかこれっきりになるかも知れない、そんな恐怖を抱きながらも、コンタクトしそびれたままだった。
 僕と彼女の戦争に対する考え方や取り組みが異なっていようと、僕にとってシャナールはかけがえのない人なのだ。
 彼女から声をかけてくれたことは嬉しかったけれど、同時に自分から口火を切ることが出来なかった勇気のなさに、僕は少し自己嫌悪になった。

 「元気にしてた? と、訊くまでもないか。暇で暇でどうしようもなかった、そんなところでしょ?」
 「まあ、ね」
 「カウンセリングまで受けたんだって? どうだった?」
 「『君は根っからの軍人だね。心配ない』って診断だったよ」
 「どうせそうだと思ったわ」
 「強制的にコース変更させられでもしたら、キミは喜んだんだろうね」
 「ある意味では、ね」
 「別の意味があるの?」
 「だって、本人の意思が大切じゃない」
 「ふうん、何が何でも軍人なんてやめさせたい、そう思ってるんだと思ってた」
 「やめさせたいのはヤマヤマだけどね。でも、今回だって、実はあなたが作戦立案者なんだって?」
 「あくまで、原作の域をでないけれど。脚本は教官だね」
 「やっぱり、うわさは本当だったんだ」
 「どこからか、漏れるんだ。この件は箝口令が敷かれていたんだけど」
 「そうよね。1年生の作戦立案で敵旗艦を撃破して命拾いしたなんて、ね」
 「まあ、ね」
 僕たちは二人用のティールームボックスでデートをしていた。
 ソフトドリンクが飲み放題。好きなものを注文できる。お茶菓子も、なくなれば次から次へ提供される。ただしこちらは、選ぶことが出来ない。しかも、食べ終えなければ次の菓子は提供されない。なくなれば、自動的に運ばれてくる。
 どういうシステムで「菓子が無くなった」ことを関知しているのかはよくわからない。
 監視モニターとかがついているわけでもないようだ。
 というのは、僕たちのようにあまりお金のないハイスクール生にとって、ここはラブハウスでもあるからだ。
 もっとも、見られているのならそれはそれでいいけどね、という開き直りが無くてはこんなところで愛し合うことはできないけれど。
 「そんなわけで、キミが反対しても、今更コース変更はしないから」
 「なにが、『そんなわけ』よお。いままでさんざん反対しても、コース変更してくれなかったくせに」
 「ま、まあね」
 「あなたの人生だもの。それを否定することはわたしにはできないわ。でも、覚えておいて。わたしは戦争には反対。自衛のためでも軍隊でも反対。そして、あなたにはそういう道に進んで欲しくない。軍事行動は多くの人の命を奪うわ。そして、その影で泣く人がいるってことも忘れないで。わたしもその一人よ」
 「うん。覚えておく」
 議論をしても平行線を辿るだけだから、僕はもう口にしない。しないけれど、僕が軍人を志望する理由は、シャナールと同じだ。
 勝利を得るためにただ闇雲に戦うのじゃない。僕の意図するのは、敵も味方も含めて最小限の被害のうちに、合理的効率的な作戦によって、戦闘を終結させること。
 戦争を避けるための努力をするのはいうまでもない。けれど、戦争が始まってしまったら。
 僕は僕の意志を貫くための戦いをするよ。




 

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