=2= 宇宙海賊の包囲からの脱出(2)
ハイスクールの就学期間は3年である。
僕は軍人コースを選んだわけだから、3年の後には軍隊に配属になる。
法的には別の職業に就くことも認められているけれど、実際は難しい。
ハイスクールにはあらゆる職業のためのコースが用意されているから、「どこかに雇ってもらう」「誰かに弟子入りをする」など、組織の中に入る場合、当然その専門のコースを卒業したものが採用されるからだ。
もっとも独立するのはもっと困難だ。
ハイスクールを出たばかりの若造が、独立して、成功など出来るわけがない。
才能があり、努力に努力を重ねたところで、コース外の職業で独立するのは難しい。なぜなら、その職業に必要な資格はハイスクールの就学中に取得できるようにカリキュラムが組まれているからで、門外漢が資格を取るには並大抵の勉強では追いつかないし、まして実技が必要な職業については、習得する機会がほとんどないのだ。
ハイスクール以外にも教育機関はある。
これをユニバーシティという。
ユニバーシティは就学期間が6年から10年。中身によって違う。
最初の3年が「総合必修科目」で、全てのハイスクールで行っている学問を修得させられる。ただし、技術は伴わなくてもいい。知識としての学問だ。
4年目からは専門分野に別れる。
ユニバーシティの卒業生は、医者、学者、教育者、政治家、公務員などの道へ進むことになる。
公務員から軍人への道もあり、この場合は准尉からのスタートになるけれども、デスクワークから離れることはない。また、准将まで出世する者も極めて少ない。なぜなら、デスクワークに終始する事務官であれば、戦場で戦果を挙げる機会など訪れるはずもなく、戦果無くして「将」の位まで上がるのは極めて難しいからだ。
ちなみにこの星での軍隊の階級は、次の通りである。
兵士:下から順に「3士」「2士」「1士」「士長」
軍曹:下から順に「3曹」「2曹」「1曹」「曹長」
尉官:下から順に「准尉」「少尉」「中尉」「大尉」
佐官:下から順に「少佐」「中佐」「大佐」
将官:下から順に「准将」「少将」「中将」「大将」
少佐以上にはそれぞれ「補」が置かれることもあり、「大将」の上に「上級大将」が置かれることもある。
通常総司令官は軍務大臣が当たるが、「元帥」が置かれて総司令官となる場合もある。
そもそも僕は、軍人の本来あるべき姿は「最小限の被害で最大限の効果」だと思っている。
アードルンには語らなかった僕が軍人を選んだもうひとつの、そして最大の動機だ。
「最小限の被害」とは、もちろん敵味方を問わない。現場を指揮してこそ出来ることである。殺戮に快感を感じるような人間ではなく、僕のような考え方の持ち主こそが軍人になるべきだと実は思っている。
などという僕のいわゆる「軍人美学」は、実は意識下にのみあったもので、具体的に自分でどうこうと考えたことではない。
それが表に出てきたのは、シャナールとの会話がきっかけだった。
彼女は同級生で恋人。進学にあたって僕は軍人コースを選び、彼女は経理のハイスクールで会計士のコースを選んだ。
「お願い。軍人になんかならないで。戦争になったら、あなたは一番危険なところに行くことになるのよ。あなたを失いたくない。どうしても軍人になるんだったら、お願いだから、公務員から事務官への道を選んで欲しいの」
「いいかい。俺のような平和を望む者こそが、軍人になるべきなんだよ」
話は平行線だった。
「とうとう行くのね」と、シャナールは言った。若く張りつめた肌なのに、無理に眉間にしわを寄せようとする仕草が、僕の心に痛く突き刺さる。
「模擬戦闘航海だよ。ただの訓練。戦闘を交えるわけじゃない。それもたった一週間だ」
「でも、どこにも属さない宙域にでるんでしょ? 何が起こるかわからないわ」
「何かが起きたとき、被害を最小限に押さえながら物事を収拾するためのトレーニングだと俺は思っている」
「一人も死なない戦争はないわ」
「だけど、軍隊がなければ、皆殺しになるかも知れない」
「でも、誰かが死ぬわ」
「今はそうかも知れない。けれども、将来は犠牲者なく戦闘を終結するための軍隊に成長するかも知れない。それが僕の理想だ」
「全ての星から軍隊が無くなれば、そうなるかもね」
「軍備は徐々に縮小方向に向かうよ。近い将来」
「それじゃダメなの。一斉に放棄しなきゃ」
「出来るわけがない」
「その通りよ。好戦派だけじゃなくて、あなたのように軍備を少しでも肯定する人がいる限りはダメ。意識の改革が必要なのよ」
「平和のための軍備すら否定するんだね?」
「そうよ。平和のためには軍備なんていらないもの」
「僕一人が、軍人をやめても何も解決しない」
「そうじゃないの。一人一人がやめることが大切なの。それが意識の改革なのよ」
「そういう時代が来ればいいと、僕も思うけれど」
「でも、行くのね。平和のために」
皮肉がいつまでも頭の中を駆けめぐった。
僕たちの訓練航海は、安全なはずだった。
どこの領土にも属さない宙域ではあったが、戦闘地帯では明らかになかった。
おまけに訓練船は万が一を考慮して旅客船に模して作られていた。
宇宙国際法で、旅客船の安全はいかなる場合も確保しなくてはならないと定められていた。
例えば、ワープの失敗で突然旅客船が戦闘宙域に現れた場合は、旅客船が待避するまで戦闘は中止される。
なのに、僕たちは襲われてしまったのだ。
こちらは訓練艦が3隻、教官用の艦が一隻の合計4隻。
一方相手は海賊の大船団だった。
宇宙海賊達の船は明らかに戦闘フォーメーションを敷き、急接近してくる。
同一の船団でない場合、100宇宙マイル以上の接近は許されていない。これを破った場合は戦闘の意志有りと判断されても文句は言えない。
海賊船はもはや今の段階で、減速や転回をしても100宇宙マイルを維持することは不可能だった。
我々の教官船が通信を開いて警告を発する。
あくまで我々は軍事船ではなく、見かけ通り旅客船だという前提で、しかも「パイロット教習中」であると告げた。
操船ミスで接近しすぎたのならその旨報告し、すみやかに減速や転回等異常接近の意志がないことを行動で示せ、さもなくばバナスミルより軍事船を出動させると、警告した。
バナスミル。僕たちが生まれ、育った星だ。
バナスミルはバナール星系に所属している。恒星バナールを中心に24の惑星と87の衛星で構成された星系だ。乱暴に言うと、人類の故郷「太陽系」の2倍強の規模で、広さは8倍程度だと授業で習った。
太陽系が銀河系の中にあるように、バナール星系はさらに大きなシュベスター銀河系に含まれている。
海賊船は、「アルテミス団」と名乗り、「戦闘の意志あり」と通信が帰ってきた。
「戦闘の意志あり」
船内に戦慄が走る。
旅客船を模していても、能力は軍事船だ。だが、ろくな武装をしていない。弾薬など訓練で使うだけのものしか積んでいない。開戦すればアッという間に敗北するだろう。全滅だ。
「アルテミス団。。。。」
クラスメイトのワグナが呟いた。
「超カリスマのアルテミスが、外れモンを集めて統括した集団」
その存在は社会問題になっている。
定まった住処(星)を持たず、ゲリラ的にどこかの星に乗り込み、民間人を犠牲にして略奪を繰り返す。
彼らの最終目的は、安住の地の確保である。
どの星にも市民として馴染むことが出来ずに、飛び出した連中の集まり。
いわゆるハズレ者にはいくつかの種類があり、浮浪者的な者もいれば、哲学的な者もいて、宇宙を流浪するうちに似たもの同志が集まってコミューンを形成する。長い長い放浪に疲れ果てたそういうハズレ者は、本人達が希望すれば宇宙難民として認められ、どこかの星に受け入れられる。
やがて、またあちこちの星からハズレ者が宇宙へ飛び出し、似たもの同志が集まってコミューンを形成する。そんな繰り返しが宇宙のあちこちで起こっていた。
もっともアルテミス団を宇宙難民として受け入れるところはない。
また彼らもそんな気はなかった。軍事力を付けて豊かな星を乗っ取るつもりなのだ。
アルテミス団は力が全ての集団だ。力こそ全てだと思っている荒くれた連中が超カリスマのアルテミスの元に集った。 内部規律は「力の関係」だけ。強いものは上へ、弱いものは下へ。
弱者に対する思いやりや、平等の精神などが欠落している。
それが力を付け、ついに、どこかの星を丸ごと略奪するための戦闘に出たのだ。
彼らの目的が僕たちの星なのかどうかは知らないが、訓練中に出くわしたことが不運だった。とりあえずの標的にされたのだ。
旅客船に対する彼らの常套手段は、包囲して白旗を揚げさせ、船内の物資や女をあさり、見所のありそうな男達をさらって、あとは宇宙の果てしない空間に放り出す。軍事船なら、傘下に従えるか、または戦う。
国際法が通用しないのが海賊だ。
「本星より海賊討伐のための部隊が出発した。この星域から撤退するなら今の内だぞ」
教官船から海賊達への警告が再び発せられたが、アルテミス団はひるまない。
我々を殲滅させてから逃亡しても十分に間に合うからだ。
「白旗を掲げるのはお前たちだ。無条件降伏をするなら攻撃しない。ただし、無条件降伏イコール私の傘下に入ることだ」
間髪を入れず、「無法者に対して降伏などしない」と、教官の返答。
そうこうするうちに、僕たちはあるフォーメーションで取り囲まれていた。
「やばい、六点包囲だ」と、ワグナ。
「ああ、まずいな」と、僕。
僕たちの船には、ワグナと僕以外に、あと4人。
会話もなく、空間ディスプレイを取り囲んでいる。
ブリッジの中央に浮かぶように、球形の透明なディスプレイがある。球の中心がこの船だ。
この船の上下左右前後に敵が陣取っている。
弱者に対してはこの包囲が有効だ。どこかの船から一番遠いところから脱出しようとすると、その地点は6点のうち2点のちょうど中間地点になり、2方向からの攻撃を受けることになるからだ。
つまり、逃げようとすれば合理的に攻撃される。かといって留まっていれば、どんどん包囲を小さくされてしまう。
圧倒的な火力で敵を粉砕しない限り脱出不可能なフォーメーションなのだ。
しかも、それぞれの六点に、大艦隊が集結している。艦隊は球形をなし、まるでひとつの軍事衛星のようだ。それぞれの艦は球の外側にいっせいに砲塔を向けている。一方向にしか攻撃をする必要がないからだ。しかも、この球状艦隊をひとつの軍事衛星と見なせば、360度全ての方角に攻撃が可能な難攻不落の基地といえた。
「これも、事前に仕組まれた訓練の一貫だったらいいのになあ」
ワグナが言った。
全く同感だ。
だが、ブリッジの計器類が発するあらゆる警報が、これが訓練ではなく、実戦だと告げていた。
絶体絶命のピンチとはこのことである。