「ここがカメリアプラザか。」
俺は小雨が降る中、会場となるカメリアプラザに到着した。時計は6時50分を指している。開始は6時30分なので20分の遅刻だ。ここに来る前に御茶ノ水の楽器街で時間を潰しすぎてしまったからだ。御茶ノ水から電車に10分くらい揺られ、到着した亀戸駅。俺は子供の頃ここに住んでいたらしいが、ビルの建ち並ぶ街並みを見ても(千葉県民にしてみれば、あれくらいの建物でも充分ビルなのだ)、幼少期の記憶に引っかかりもしなかった。
亀戸に住んでいた頃のことで覚えているのは、三角公園と呼ばれる公園があったことくらいだ。建ち並ぶビルやパチンコ店なんかは、俺の記憶の中では滑稽なものに見えた。それらは昔からあったのか、それとも最近できたのか、さっぱりわからない。おっと、俺の思い出話はこの辺にして、そろそろ会場に入ってみることにしよう。 建物に入り、俺はようやく憂鬱な雨から逃げ出せた。雨に濡れた俺の足は冷たく、憂鬱だ。ハーフパンツなんかじゃなくジーンズ履いてくりゃよかったな、とか思いながら、少し重い足取りで2階に向かった。2階に着き、受付の人に軽く一礼をすると、受付の人からは礼といっしょに「杉山さんの息子さん?」という質問が返ってきた。 「ええ、まあ。」
気持ちが浮かないせいか、俺は”杉山さんの息子さん”のくせに返事は曖昧だった。まあとりあえず会費の1000円を受付に払うと、ちょうど会場から父と母が出てきた。2人に誘導され、俺は会場に入った。
ドアを開けると、そこは外の雨をものともしないような賑わいがあった。ステージには人が立ち並び、歌を歌っていた。その歌はタイトルは忘れたが、俺も知っている歌だった。俺は入り口近くの席に腰掛けた。座ってやっとこの賑わいの正体が掴めた。ステージで歌われている歌を、俺の席の周りの人を含め、会場全体で歌っているのだ。歌っている人たちは皆楽しそうで、どこか昔を懐かしむような表情をしていた。 俺は大人たちの持つパワーに少し圧倒されながら、辺りを見回すと、同じテーブルにたまさんが座っていた。俺は何度か会ったことがある人なので、軽く挨拶を交わした。俺はこの人が親たちの友人で、たまさんと呼ばれていることしか知らないが、俺はどこか遊び人のような印象をたまさんに対して持っていた。失礼な話だが、若い頃はいろいろ遊んでたんだなと勝手な妄想を浮かべていた。あながち間違っちゃいないと思うけど。 「次の曲は『岬めぐり』です。」 二人の司会が言った。この曲は知っている。子供の頃から何度聞いた、いや聞かされたことか。歌集を開くと、他にもそんな曲がたくさんあった。卒業写真、名ごり雪、青春時代、いい日旅立ち、などなど。この辺は知ってるどころか、歌えてしまう。もう何度となく聞かされてきた。俺も昔の歌は嫌いではない。むしろ、イルカとかユーミンとかは好きだ。あと南こうせつも。
「~岬めぐりのバスは走る~」
会場全体の大合唱だ。俺も歌えたけど、いざ歌うとなると気持ちが乗らなかった。この曲は口ずさむ程度にとどまった。
会はどんどん進行していった。岬めぐりの後も数曲、懐メロと呼ぶに等しいような曲が流れ(俺にとっても“懐”メロかどうかは不明だが)、最初の休憩に入った。休憩中は皆ビールとつまみなどの軽食を楽しんでいた。もう顔を赤らめている人も何人かいる。
酒、歌、そして談笑。こんな雰囲気にはどこか見覚えがある。俺も子供の頃、この雰囲気の中にいたはずだ。それは確かともしび小岩店。子供の頃だから、東京に行くこと自体珍しくて、そこの席に座っているだけで何か高揚感のようなものを感じていた。皆が楽しそうだから、子供の俺も楽しかった。そんな空気がこのカメリアプラザにも出来ている。ともしびは会場が変わっても、結局ともしびということは変わらないということみたいだ。 10分くらい経過して、休憩が終わり2部に突入した。司会も変わるようだ。次の司会が舞台に登ってきた。ん?次の司会はどこか見覚えがある。…というよりたぶん毎日見ている。……うちの母じゃないか。母がこういうことをするのは見慣れていたが、やっぱり恥ずかしかった。しかも、どうやら2部はロシア民謡中心のようだ。日本の民謡や懐メロは知っていても、ロシア民謡までは俺の知識の外だ。すこし気持ちが沈んできた。俺は買ってきたハンバーガーを取り出し、それを食べたり、つまみを食べたり、烏龍茶を飲んだり、まあとにかく食いまくっていた。俺がじっとしていても、おば様方が食べ物を持ってきてくれるのだ。あっちは俺のことを知っているようだが、う~ん、俺の方は覚えていない。まあ何もせずに食べ物を持ってきてくれるのだから、食べるに越したことはない。ありがたく頂いた。
俺が食べていると、ステージには遊佐さんという若い女性の方が上がっていた。どうやらプロでCDを出すらしい。作詞も自分でしたらしい。さすがプロだな。俺はひょんな事からプロの歌が生で聴けて少し得した気分になった。 俺が食べている間に2部もそろそろ終わりのようだ。2部の感想としては、ロシア民謡を知らない俺にとっては、コメントのしようがない。俺の世代には少し入りにくいものだと思う。ただ、1部からの楽しい雰囲気はそのままだったのでいいと思った。会場がさらに盛り上がってきたような気がしないでもないし。
2度目の休憩に入り、舞台を降りた母が俺に発泡系飲料(17歳なので法律的にはいけないらしい)を持ってきた。一口と言われたが、大量のつまみを前にした俺が一口のビー…いや、発泡系飲料で済むわけがない。缶1本もらってしまった。 発泡系飲料も入って、気持ちも少し高揚してきた。そして舞台は3部に突入した。3部の司会はたまさんのようだ。たまさんは何というか、しゃべりがうまい。会場の雰囲気もどんどん盛り上がってきた。歌っている歌も、俺の知っている曲がちらほら出てくるので、いっしょに口ずさんだりした。俺も程良く気分が良くなってきたところで、ステージには制服姿の女の子が上がっていた。歳は16歳らしい。若い娘さんが100人超のおじ様、おば様方と、いい日旅立ちを歌う姿はそうそう見られるもんじゃない。若いのに度胸があるなぁと思った。俺も17歳なんだけどね。
だんだん会はクライマックスへと近づいていった。ステージには母が歌を教わっている金城さんが上がっていた。さすがはプロだ。母とは発声からして違う。金城さんの美声が会場に響き渡った後、ついに最後の曲を迎えた。最後となるともうステージには、紳士淑女入り乱れての大合唱となった。皆本当に楽しそうだ。
拍手喝采の中、なつかし会は終了した。この後、一部の人は二次会にも行くらしい。大人は元気だなあ。俺は二次会には参加せず、「この人達は、次の2月のなつかし会にも行くつもりなんだろな。」とか思いながら会場を後にした。 |