川辺川利水訴訟〜負けてうれしい花いちもんめ
川辺川利水訴訟弁護団 国宗直子  
 2003年5月16日、福岡高裁での判決を聞きながら笑いを噛み殺した。
 私自身が最終準備書面で苦労して書いた川辺川利水事業の必要性や費用対効果にかかわる部分を含む、控訴人(農家側)の法律的主張が、判決理由の中で次々にひどい負け方をしていく。控訴人の主張する法律的な瑕疵については事業全体を取り消さなければならないほどの違法はない、という。

 だが、すでに主文を聞いていた。国営川辺川利水事業をなす3つの事業のうち、農業用排水事業と区画整理事業は、いずれも土地改良法が要求する対象農家の3分の2の同意を得ていないので違法だとして、一審判決は取り消された。農地造成事業はかろうじて違法宣言を免れたが、3事業の基幹をなす用排水事業が進められない以上、農地造成はあり得ない。
 その上で、控訴人側の法律主張が次々に斥けられていったのである。
 要するに、事実認定のみでの勝利だった。
 被控訴人(農水大臣)に上告理由は何一つ残されなかった。

 判決を聞きながら、上告せずに解決せよとの裁判所の明確な意図が伝わってくる。
 事件解決に役立つ判決というのはこうでなければならない。苦労して組み立てた法律主張が負けて、こんなにうれしいことはない。
 裁判所をこの最終判断へと促したのは、実は、裁判所自体が判決理由としては斥けた法律的瑕疵だらけの事業の進め方全体の事実としての把握だった。国民の財産に大きな影響を及ぼす大型公共事業が、正しい民意の反映なしにあまりに杜撰な手続きで進められたことへの批判なしに、こうした判決はあり得ない。判決全文を読めばそうした裁判所の意図がいっそうよくわかる。
 そして判決後わずか3日にして、農水大臣は上告断念を表明した。裁判所の意図したところが政治の中枢に楔となって食い込んでいく。

 川辺川利水事業は、今国土交通省が熊本県相良村に建設しようとしている川辺川ダムの水を利用して行う予定の土地改良事業だった。この判決により、多目的ダムの重要な目的のひとつが消えたことになる。これがダム建設に及ぼす影響は計り知れない。いまや、農水省も国交省も熊本県も、上を下への大騒ぎである。

 今、初めて、裁判の力によって、ダムが止められるかもしれないというところにきている。この裁判の力を支えたのは、川辺川の清流と自然を愛するたくさんの市民の力だった。裁判所の3分の2の同意が欠けるという事実認定は、多くの市民が参加した農家の聞き取り調査を根拠としている。一審段階で約2000戸の調査が行われたが、残り約2000戸の聞き取り調査は市民の協力なしには極めて困難だった。この調査結果を証拠として認めたことも裁判所の英断のひとつである。市民運動と法廷活動とがひとつになって勝ち得た勝利だった。

 ダム本体まであと一里。熊本の夏は暑い。

(法学館LawJournal2003年7月28日配信号より転載)

法学館憲法研究所ホームページより