無責任な結論を容認する
川辺川利水訴訟判決

弁護士 国宗直子


 清流川辺川は、九州山地の奥深くに流れを発し、泉村、五木村、相良村と、熊本県南部を北から南へと流れ、人吉市付近で急流球磨川へと合流する。

 相良村あたりの川原で、澄んだ流れを眺めていると、時折魚がパシャンと光りながら跳ねる。鮎だ。ここでは鮎は1尺にも育つ。「尺鮎」と呼ばれる。豊かな川なのだ。

 この川に巨大なダムが作られようとしている。高さ107.5メートル、総貯水量1億3300立方メートル。「自然破壊だ」「無駄な公共事業だ」との批判を横目に、国土交通省はこのダムの建設をやめようとはしない。


無駄なダム

 農水省は、このダムから水を引いて、約3000ヘクタールにも及ぶ広大な地域でかんがい事業を行おうとしている。「国営川辺川土地改良事業」と麗々しく名づけられたこの事業は、ダム建設の重要な目的のひとつに数えられている。

 この事業の対象農家は約4000戸。ところが、862人もの農民たちが、これに異議を唱えて裁判を起こした。「こんな無駄な事業はいらない」というのである。さらに1245人の農民が補助参加者としてこの裁判に加担した。反乱である。

 ダムの水を農地に、という発想は昭和40年頃のものである。その後日本の農業情勢は年々悪化してきた。減反につぐ減反。輸入自由化による農産物の価格低下。農業は将来の夢を失い、若い人は次々に農業を離れていく。にもかかわらず進められる機械化や構造改善事業は、農家の経営を圧迫し続ける。他方、本当に水の必要な地域では、すでにこの間に用水の手当が完了していた。「金を払ってまで水はいらない」。これが農家の本音である。


農水省のだましの手口

 土地改良事業を行うには、対象農家の3分の2の同意が必要である。農水省はこの3分の2の同意をすでに得ていると豪語する。2000名を超える人が裁判まで起こしているのに、なぜ「3分の2の同意」が存在するのか?

 実はここに農水省の巧妙なだましの手口があった。農水省は国営事業については農民に負担させないとの方針を打ち出した。そして「水はタダ」の大宣伝。だが、国営事業は用水路の本管に関する事業のみである。農地まで水を運ぶのは、県営や団体営の事業による用水路である。こちらには当然農家の負担がある。

 「水はタダだけん」「迷惑はかけんけん」。農水省の事務委託を受けた役場の職員たちは、こう言って同意を集めて回った。幻の「3分の2」の同意はこうして集められた。反乱は起こるべくして起こったのである。


国に甘く、農民に厳しい判決

 2000年9月8日、熊本地裁は、川辺川利水訴訟の判決を言い渡した。裁判所の判決は、農水省に限りなく甘く、農民に限りなく厳しいものだった。

 事業の必要性について、判決は、「事業の必要性の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえ」ないと言って必要性を認めた。この基準では、どんな事業も行政が必要だと言えば必要だということになる。

 「全部がタダになると思って同意したのだから、この同意は無効だ」という農民の側の主張には、国営はタダなのだから国営に関する同意は無効ではない、とした。県営や団体営の同意の段階で反対すればいいではないか、と言うのである。

 えっ? 国に本管だけ作らせて、あとは完成させなければいいと言うのですか?

 9月22日、760人が福岡高裁に控訴した。

 裁かれなければならないのは、強引に無駄な事業を進める農水省ばかりではない。行政に追随し、無責任な結論を容認する裁判所の姿勢もまた、国民によって問い直されなければならない。