国土交通大臣起業「1級河川球磨川水系川辺川ダム建設工事及びこれに伴う付帯工事」にかかる土地収用案件(熊収139、第10案件)

 

2003年6月25日

熊本県土地収用委員会

会長  塚本 侃 殿

 

意見書(30

 

              権利を主張する者毛利正二代理人

              弁護士    板    優

              弁護士    松 野 信 夫

              弁護士    田 尻 和 子

 

 

 国土交通省は以下に述べる理由から、本件収用裁決申請を取り下げて、農水省の利水計画の行方が定まった段階で、川辺川ダム再変更計画の策定に付き河川法に基づき解決すべきである。以下、その理由の要旨を述べる。

 

第1 新しい利水計画についての現状

 1 新しい利水計画は全くの白紙であり、その作業は熊本県をコーディネーターとして事前協議が行われた段階に過ぎない。事前協議の内容は合意事項で確認されており、ダム以外の水源も含めて検討するとされており、さらに新利水計画策定の期間が約1年とされているがこれは土地改良法上同意取得手続きまでを意味するものではなく計画の策定期間に過ぎないものであって、これを無視して新しい利水計画を論じることは一切許されない。

 2 川辺川土地改良事業に伴う事前協議についての経緯

  @ 熊本県と農林水産省農村振興局、国土交通省河川局は20036月6日協議を行い、新しい川辺川土地改良事業については、熊本県がコーディネイトして関係者の事前協議の下で対象農家の方々の意向を把握することとなった。

    したがって、この方針に反する関係市町村の動向は、新しい利水計画を市町村営あるいは土地改良区として行うのであれば兎も角、国営、県営事業とはなんら関係のない動きに過ぎない。

  A 熊本県理事鎌倉孝幸は、平成15610日、川辺川利水原告団、同弁護団、川辺川総合土地改良事業組合、川辺川地区開発青年同志会、農林水産省九州農政局、熊本県農政部に対し次の理由から「川辺川土地改良事業に伴う事前協議の開催について(依頼)」(川辺総第102号)を送付した。

    「 新しい利水計画を策定するためには、対象農家の方々の意向を把握することから始める必要があります。つきましては、意向把握方法を含む今後の進め方について、事業主体である農林水産省、関連事業主体である熊本県農政部、地元農家の関係団体の代表と意見調整を図るべく、事前協議を開催したいと考えています 」

    平成15612日、上記鎌倉孝幸は上記各団体に「川辺川土地改良事業に伴う事前協議の開催について(通知)」を送付した。

    「 日  時 平成15616日(月) 1600

      会  場 県庁本館4階 401会議室

      協議事項 意向把握の方法を含む今後の進め方 」

    なお、その中で、熊本県は、川辺川利水原告団の「事前協議を受諾するにあたっての条件」に対して、同日次のように回答したことを明らかにした。

    「 競技結果については、書面により合意事項を作成し、各出席者に確認を求めます 」

    平成15616日午後4時から同日午後830分にかけて、熊本県庁本館401会議室にて開催された事前協議は、熊本県理事鎌倉孝幸がコーディネーターとして次の者が出席した。

    川辺川利水訴訟原告団    梅山究 ほか

    川辺川利水訴訟弁護団    板井優・森徳和

    川辺川総合土地改良事業組合 桑原毅紀 ほか

    川辺川地区開発青年同志会  中村聖二 ほか

    農林水産省九州農政局    上野敏光整備部長 ほか

    熊本県農政部        横山敏農政部次長 ほか

   その上で、次の者が冒頭に発言した。

    私たちの考え        梅山究川辺川利水訴訟原告団長

    対象地域を調査した結果報告 中島熙八郎熊本県立大学教授

    国営川辺川利水事業の経緯・考え方 上野敏光農政局整備部長

    これを受けて「意向把握の方法を含む今後の進め方」を協議し、新利水計画策定に向けての合意事項を確認した。

 2 新利水計画策定に向けての合意事項

  @ 基本的事項

    新利水計画策定の基本的枠組みについて

      新利水計画策定に当たっては、国、県、市町村が一体となって取り組み、県が総合調整の役割を担う。

      対象地域の水源については、ダムによる取水に限らず、他の水源可能性についても調査を行う。

      計画の規模等については予断を持たずに臨む。

      対象農家一戸一戸に対し丁寧かつ迅速に意向の把握、集約を図る。それに基づき水源及び水利権の客観調査を行う。

      対象農家に対しては公平に説明し、情報の提供と共有を図りながら進める。

    新利水計画策定期間のメドについて

      今後約1年間をメドとして進める。

  A 新利水計画策定までの取組の進め方

    対象農家に対する説明及び考え方の現状把握の方法及び時期について

      対象農家に対し、まず、公平に説明し、情報の提供と共有を行うとともに、意見を出してもらうために、対象農家約4400戸について、10地区程度に分けて意見交換会を順次開催する。

      意見交換会への参加農家には、水源や営農計画等に関する意見を文書で当日(若しくは後日)提出してもらう。後日、意見交換会で配布した資料を使って情報の提供を行うとともに、同様の意見を文書により提出してもらう。

      意見を聞く方式は、県において項目を作成し、関係者双方に照会する。

      意見交換会で使用する資料については、双方のページ数を予め決めた上で、九州農政局が印刷して配布する。

      会場の空き状況については、県農政部が早急に把握する。

      その後、会場の空き状況や周知期間等も考慮した上で、県で開催案を作成し、関係者に提案する。それに対する考え方を文書で回答してもらう。

      進行要領等については、別途県から提案する。

      開催時間は原則として夜間開催とする。

      総合司会は鎌倉理事と望月川辺川ダム総合対策課長が行う。

      国土交通省九州地方整備局にもオブザーバー参加を求める。

      国土交通省には能動的な説明は求めず、回答させる必要性を判断した場合のみ回答を求める。

      報道機関にはオープンで実施する。

    現地調査の実施について

      関係者双方立会いの上、現地調査を実施する。

      現地調査の方法等については、県が案を作成して関係者に示す。

      現地調査場所については、中島熙八郎教授及び九州農政局双方から、620日(金)までに提案してもらう。

    対象農家に対する更なる説明及び考え方の現状把握の方法及び時期について

      第2回目の意見交換会の開催については、開催規模について中規模、小規模、一戸一戸等の手法を念頭において、別途事前協議に諮る。

  B 提案事項

    総合窓口の設置について

      農家の方々の相談に対し、国、県、市町村の担当者が1ヶ所で対応するための総合相談窓口の設置を県から提案する。

      窓口では原告団農家のスペイスも確保し、情報を共有する。 

第2 「国営川辺川土地改良事業の進め方について(回答)」(農水省)の誤りについて

 1 農水省九州農政局は九州地方整備局に対し、同整備局の平成1563日付けの「国営川辺川土地改良事業の進め方について(照会)」につき、平成15623日付け同名の回答をした。

   その要旨は次のとおりである。

   516日の福岡高裁判決によって変更計画は効力を失い、法的には変更前の当初計画が有効となっている状態である。

   農水省は、地元の農家の中に水を必要とする農家に対し早急な水の手当てのための早急な水の手当てのために必要な措置を講じていく必要がある。

   616日に新たな利水計画の策定に当たって国・県・市町村が一体となって取り組み、その策定期間は今後1年をメドとするなどの合意が得られた。

   この事前協議の結論を踏まえた作業にあたって、農水省は川辺川ダムの水を利用することは重要な選択肢の一つと考えている。

 2 上記の農水省回答は次の点で誤っている。

  @ まず、農水大臣が福岡高裁判決に対し上告を断念したことにより、変更計画は土地改良法上単に効力を失ったのではなく違法となったものである。

    したがって、この変更計画に対する予算支出も違法な予算支出であり、熊本地裁判決後進められてきた変更計画に基づき工事が進められた幹線水路などは違法構造物である。当然、こうした違法工事を進めてきた農水省の担当者は然るべき責任を取るべきである。

    ところで、当初計画はそもそも農水省が実施することが出来ないと考えたので変更することとしたので変更したのであるから、これが法的に有効というのは無意味に過ぎない。しかも、変更計画に基づく違法な幹線水路などが残存することにより、当初計画の実施はほぼ不可能な状態にあるから、当初計画を前提とした再変更計画は現実的にはありえないものである。

    現在行われている事前協議は、ダムの水を前提とする利水計画に関するものではない。したがって、ダムの水を前提とする当初計画は事前協議では全く問題とされていない。

    ダムの水は要らないとの立場を取る川辺川利水訴訟原告団、弁護団が事前協議に参加したのもダムの水を水源とするいかなる計画をも前提にしていないからである。

  A 次に、事前協議はダムの水を前提にしない利水計画の策定に関するものであり、しかも計画の規模等についても予断を持たないで臨むものである。そして、この事前協議の主体は農水省ではなく、農水省はこのメンバーのひとつに過ぎない。この事前協議の総合調整役を行うのは熊本県である。

    したがって、農水省がこの事前協議の合意事項についていろいろと述べるのは、農水省の単なる期待を述べたものに過ぎず、本来農水省が合意事項を勝手に解釈する立場にないことは明らかである。

  B なお、合意事項でその策定が1年以内をメドとされている新しい利水計画とは土地改良法による同意取得手続きが含まれている計画ではない。なぜならば、事前協議の参加者は、ダムの水を前提とする者やダム以外の水を水源とする者がおり、当然、いずれかの計画によるかについて賛成をしているのではないし、ましておや予めそのいずれかを前提として同意する立場にもない。

    さらに1年も単なるメドに過ぎないことも明らかである。丁寧に対象農家の意向を把握・集約することを抜きに新しい利水計画を立てることは出来ないのである。

  C 最後に、「早急な水の手当て」をすることはダムの水を水源とすることとは連動しない。むしろ、ダムの水を前提とすることはこれまでの何時出来るかわからないダム歴史からすれば、「後回しの水の手当て」に過ぎない。

    「始めにダムありき」の立場から川辺川ダムの水を水源と固執する選択肢を重要な選択肢とするのは、農業とは無関係な一時的な農村振興策であることは疑いないが、農業振興を前提とした施策でないことは明らかである。

    この点からしても、農水省の立場は誤っているものである。

第2        利水問題とダム問題は最早全く別の問題であるから、別々に処理すべき問題である。

 1 農水省はダムの水を前提とした変更計画が3分の2以上の農家の同意を得られなかったのであり、かつ変更計画が違法となったのであるから、ダムの水を前提としない利水計画を早急に必要なことを認め、その実現のために全ての力を注ぐべきである。

 2 ところで、国土交通省は、福岡高裁判決に農水省が上告断念をして確定したことにより変更計画が違法となった現在においても、「始めにダムありき」の立場を変えていない。

   その上で、国土交通省は、農水省の回答を受けて平成15623日つけ意見書で次のような立場を明らかにしている。

   「 起業者としては、新たな利水計画の策定に向けて関係者が積極的に努力している状を尊重する必要があると考えておりますが、現段階においては、農林水産省より川辺川ダムからのかんがい用水の取り扱いについて具体的な考えが示されるまでにはいたっておらず、川辺川ダムの計画に与える影響について説明することが出来ない状況にあります。今後、新たな利水計画の策定までの間に、随時、農林水産省の考え方を聞いて、起業者としての対応を意見書等により収用委員会に説明したいと考えております 」

   しかしながら、先に述べたように、農林水産省は事前協議の主体ではなく構成員の一員に過ぎず、しかもそこで策定される利水計画はダムの水を水源とすることとなっておらず、その期間も客観的に言えば不明確である。

   いずれにせよ、起業者の意見は何時までかかるかは兎も角、取水源をダムの水にするかどうかも分からない利水計画をまつというのであり、しかもその利水計画の主体でないものの考えを聞いて収用委員会に意見を述べるというものである。これは最早、土地収用法上、収用委員会に要求されている審理を求めているのではなく、単に審理の事実上の中止を求めているに過ぎない。

   要するに、国土交通省の言い分は、大勢が乗り合わせているバスから、違法に乗車しているとして降ろされたものがいて、その連れ添いが、降ろされたものが再び乗るかどうか少なくとも一年間考えているからそれまでの間待ってくれ、その間バスをその付近ぐるぐる回していてくれといっているのに等しい。

   しかしながら、収用委員会は自らが土地収用法に則り本年6月までに必要な審理を終えて結審すると断言したものである。権利を主張する者としては極めて不満ではあったが、それが土地収用法の命じるとことだと考えてこれに応じていたのであり、国土交通省はこれまでの審理のほとんどが不必要であると考えてむしろ積極的に賛同していたのである。

   したがって、現在、土地収用法に従えば国土交通省のいう形で審理を引き延ばすことは無意味であるばかりか、むしろしてはならない違法行為である。

   そもそも土地収用法に基づく強制収用手続きは強制的に国民の権利をその意思に反して奪うものである。したがって、そのような手続きを無意味に長引かせることは権利状態を長く不動状態にしておくこととなり厳にしてはならないことである。ちなみに、平成137月の土地収用法の改正について、収用手続きのスピードアップが図られるとして「裁決申請から裁決まで7ヶ月程度」とすることを掲げている(「完全施行版Q&A土地収用法平成13年度改正のポイント」監修=国土交通省総合政策局土地収用管理室 編者=土地収用法令研究会12頁)。

   要するに、国土交通省は、自らが主管庁として改正に関与した土地収用法についてその違法な運用を熊本県収用委員会に求めているのが、国土交通省の現在の姿に過ぎない。すなわち、国土交通省は法の制定に関与したものが積極的に法を無視し、自分の都合どおりの違法な運用を図ろうとしているものである。例えれば、バスの運用規則を作ったものが権威をかさに来てバスの運転手に対し、違法乗車をしてバスから降ろされたものが再びバスに乗るかどうかを決めるまでバスを規則どおりに運行してはならないと私物化しているに過ぎないものである。

   憲法は「行政権は内閣に属する」とし(憲法65条)、内閣の職務として「法律を誠実に執行こと」(憲法731号)を謳い法による行政の原則を掲げているが、今回の国土交通省の態度はこれを正面から否定するものであり、絶対に許してはならないものである。

   ところで、憲法99条は公務員等の憲法の尊重擁護義務を定めており、土地収用委員各位も公務員に準じその義務を負うものである。

   したがって、現時点で国土交通省がとるべき態度は、バスを待たせるのではなく、自らもバスを降りて乗るか乗らないか分からない友人と次のバスを待てばよいのである。要するに、収用裁決申請を取り下げて他日を待つのが、この国の国民のルールである、ということである。