友禅の絵のやうな月を仰ぎつつ うす青き道をひとり歩める * 走り出でし真夜の庭にてさらさらと 裸足に触るる砂利のやさしき * 暗闇の中より雪のほろほろと 降りきて頬にやわらかく触る * おしろいを塗り振袖に装ひて 老いがすまして眼科に待てり * 三月の少し汗ばむ午後にして 桜の花を窓より探す * 春雨は我にやさしく降りしきる 桜の花びらともに連れつつ * 昨日まで泳いでをりし金魚なり 赤き血を流して動かず * 「かはいい」と手間かけ吾子と育てたる 金魚も今は腐臭をまきて * ごみ箱に捨てたる金魚を見し夫が 「土葬にせよ」とぽつりと言へり * 薄闇の道の端に咲く彼岸花 連なりて我を何処へ招く * 夜半ひとり明かりのくらき湯ぶねにて やはらかく身はただよひてをり * 吾子の折る金色の紙はほのかなる 光を暗き天井にうつす * 病室に見る空雲のかけらもなく 果てなく堕ちてゆくかと思ふ * 今日もまた危ふいながら生きてをり 見上げる空はぼんやりとして * 「神様」と呼べども応へあらざれば 暗き廊下にただひとり立つ * 白椿吾が手に摘まるを待つごとく 静かに形をととのへてをり |