硝子狩り8
「私の計画に参加するか、しないか」
「君らが参加しない場合は奴らが待ち構えている弥生町の工場跡地に戻ってもらうわけだが」
「この上にそいつらがいるの?」
「いるな。君らが戻ってくるのを今かと待っているよ」
「まあ捕まって君らはやさしく質問を受けるだろう」
「やだね。その言い方」
「そのためには知り過ぎてしまった君らの記憶を消す必要がある」
「さもないともっと手厚い待遇を受ける可能性がある」
「脅してませんか?俺たちのこと」
「いや、予想されることを言ったまでだよ」
「選択肢ないんじゃないの?」
飯田橋は笑った。
正は昭彦の顔を見た。「ほらな?ねえんだよ選択肢」
昭彦も頷いた。「どうもそのようだ」
「それで一般人の俺らになにさせようってわけ?」
飯田橋はリモコンのような物を取り出してきてボタンを押した。
「正面のスクリーンを見て欲しい」

スクリーンには黒い髪に黒い瞳の無国籍風だが整った顔だちの少年の胸から上が映っていた。
年令は小学生高学年といったところか。
だが、その映像は異様だった。
音声はないのだがその少年は大声で叫んでいるようなのだ。
休みなく叫び続けている。しかも両の瞳からはとめどなく血の涙が流れ続けているのだ。
昭彦たちがその映像に言葉を失っていると、
「これが奴らの中心人物だ。この男が組織を動かしているらしい」と飯田橋が言った。
「まだガキじゃねえか」と正が口を開いた。
「年令は関係ない。この少年は恐るべき負のパワーを持っている。
その測り知れないパワーがその組織を動かしていると言ってもいいだろう」
「この少年はずっとこうやって叫び続けているんですか?」
「違うよ。対象から発せられる思念エネルギーを解析し映像化した結果がこの映像だ」
「そんなことできるのかよ」と正が驚きの声を上げた。
「やってみようか。ちなみに君は」飯田橋はマイクのような形をしたものを正に向けた。
するとスクリーンの映像が切り替わり、うまそうなカツ丼が映った。
「かなり腹が減っているようだな」
「悪いかよ!カツ丼が食いてえんだよ!」
正は耳まで赤くなって叫んだ。
昭彦と飯田橋は顔を見合わせると爆笑した。
「食事にしよう」

飯田橋は近くにある引き出しを開けると丸いパンのようなものを取り出した。
「カツ丼でなくて申し訳ない」
そう言って正にそれを手渡した。
「こんなもんで腹がふくれるのかよ」そう言いながらも正はそれを口に運んだ。
昭彦も飯田橋に渡されたそれを食べてみた。
どこかで食べた事があるようなカツ丼の味がした。
「駅前の山田屋のカツ丼……」
「俺が好きなカツ丼の味だ。山田屋にはよく行くからな」正は気味悪そうに言った。
「こんなことが出来るんなら、奴らも小指でちょちょいじゃねえの」
飯田橋は苦笑した。「そう簡単にいくといいんだが」
「こんなすごい施設があるのにダメなんですか?」
「奴らは人間だ。そこを忘れちゃいけない」
「人間は恐ろしい生き物だよ・・・」

深夜の工場跡地では、ノバクと眼鏡の男が昭彦達が消滅したあたりでうろうろしていた。
「この辺で消えたんだけど、戻ってこないわね」
ノバクは手に持ったペンライトをひらひらさせた。
「手も足も出ないってわけ?」
「焦るなよ」眼鏡男が微笑んだ。
「よくそうやって笑ってられるわね」
「何事も慎重にと言ってるんだ」
「あの方のパワーを知っているだろう?」
ノバクは少し青ざめた。「ええ、そうだったわね」
「それから、あの方が御自身にも我々にも厳しい方だということも忘れるな」
ノバクは唾を呑んだ。
「そうね・・・下手に失敗するよりも」
眼鏡男はノバクの様子に冷たく笑った。
「あの人達がどれだけあがくか、見てやりましょう・・・」
<つづく>


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