硝子狩り7
「じじい、こんなところに隠れていやがったのか!」
じじいは苦笑して「いいかげん、じじいって呼ぶのはよしてくれよ、正」と言った。
「だって他に呼び方知らねえもん」
「私の名前は飯田橋だ」
「あ、あのアトムとかいうロボット作ったんだろ?」
「それはお茶の水博士。それにアトムはマンガだよ」
「ああ?そうだっけか?」
正の発言でその場が随分リラックスした雰囲気になった。
昭彦は咳払いをすると
「あの、飯田橋さんは思っていたより随分お若いんでびっくりしました」と言った。
「お世辞かい?いや、そうだろうな。昭彦が驚くのも無理はないよ。
おそらくあの時から私はほとんど年はとっていないだろう」
「それはどういうわけです」
「まあ聞きなさい。長い話になる。」
「なるべく短く頼むよ、飯田橋さんよ」
飯田橋は昭彦を指差した。
「右手はもういいよ」
昭彦は右手を窪みに入れたままだった。
スライドしてきた壁はどこかに引っ込んでいた。
「俺の言った通りだったろ?認識だけだったのよ」
正が自慢げに言った。
飯田橋がどこかのボタンを押すと壁から椅子がせり出してきた。
「とにかく掛けなさい。話はそれからだ」

「早く言えば私はこの世界の住人じゃない」
飯田橋は頭を振った「いや、その表現は正しくないな」
「私の祖父は地下世界の住人だった。そこから脱出してきたのだ」
「地下世界・・・シャンバラ・・・!?」
昭彦は以前読んだことのあるミステリー雑誌を思い出していた。
古代文明を引き継ぎ、地下に都市を作り、
地上とは隔絶し繁栄を続けているという楽園「シャンバラ」。
その入口は隠されているというが、飯田橋の祖父は
誰もが夢見るが行くことのできないという地下の楽園を抜け出してきたというのだろうか。
飯田橋は昭彦の言葉には答えず、話を続けた。
「どんな所にも変わり者はいる。祖父は理想郷といわれる世界に飽きて地上に出てきたんだ。」
「まあおよそ500年前のことだ」
「500年前って計算が違うンじゃないの?」と正。
飯田橋は少し笑った。
「地下世界の住人は長くて800年は生きるらしいからね」
「私の祖父は400年は生きたらしい」
昭彦と正は顔を見合わせた。
「まあ、とにかくそんなわけで、私も100歳にはなるな」
自分を100歳だと語る飯田橋は昭彦達の目にはちょうど自分達の父親と同じ年令に見えた。

飯田橋は服のポケットから昭彦のものとよく似ているガラス玉を取り出した。
「そして、<これ>だが、地下世界の技術によって作られたものだ」
「正直言って<これ>の仕組みは私にもよくわからない」
飯田橋は苦笑した。
「そうだな、多少いじることができるくらいだな」
「本来ならいじる必要もなかったわけだが、私は必要に迫られていたんだ。何か」
飯田橋は目を閉じ言葉を選ぶように言った。
「何か……邪悪なるものが近づいてくる気配がしたんだ」
「私は身の危険を感じていた」
「君らが『ガラス狩り』と言って遊んでいた頃だ」
「君らには分からなかったかもしれない。無邪気に遊んでいたからな」
昭彦は飯田橋の工場が燃えた夜を思い出していた。
あの炎の何とも言えない色。
家のベランダから工場が燃えていくのを眺めながら、昭彦はその炎の美しさに心を奪われていた。
その色には人を狂わせる何かがあった。
あの夜、炎の秘密に触れたくなる奪いたくなる衝動に昭彦は心を震わせていた。
今の今まで忘れていた記憶だった。
その衝動を自分で封印していたのかもしれない。
「そして私は<これ>を昭彦に託すことにした」
飯田橋の言葉で昭彦は現実に引き戻された。
飯田橋は二人の少年の顔を見回した。
「これから言うことをよく聞いて欲しい」

「何か分からないが組織があるようだ。どうも地下世界の技術を狙っているらしい」
「ばかばかしい話だ。古大文明の技術を宝と勘違いしている。」
「世界の真理というのは違うんだ。そんなところにはない。だが彼等は分かっていない」
昭彦には彼等の気持ちが分かるような気がした。
彼等も訳が分からないままに魅入られたのだ。
あの火事の夜の昭彦のように・・・。
「だが挑まれたら受けざるをえない」
「私は彼等に真実は違うと思い知らせるつもりだ」
「そこで君たちには選択肢がある。私の計画に参加するか、しないかだ」
「するか、しないか・・」昭彦はおうむ返しに繰り返した。
「するって言ったってよう!簡単に言うなよ」と正。
「たしかに君らはこれといって特別の力もない」
「昭彦にこのガラス玉を預けたのも、たまたまだ。タイミングが良かったからにすぎない」
昭彦はそれを聞いて少し落胆した。
自分は選ばれた人間だとどこかで思っていたようだ。
「まあまあ・・・いいじゃねえか」
正がにやにやしながら昭彦の肩をたたいた。
「うるせえな」
するか・・・しないか・・・
飯田橋は二人の迷いを見て言った。
「君らの選択によって私も決断をしなければいけない」
<つづく>


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