硝子狩り12
「俺達逃げてばかりいるな」正が呟いた。
月面基地の一室。
昭彦と正は二人で一室を与えられていた。
窓がなく、スクリーンに地球が映っていることをのぞけば、ホテルの部屋と言ってもおかしくない造りの部屋だった。
まずは一休みするように赤い目の男-名をエンケという-に言われ、この部屋に案内された。
逃げてばかりいる、というのは、昭彦も思っていた。
昭彦はテーブルに用意されていたコーヒーをすすった。
「地球に帰ればいい」
「帰ったらあのガキに殺されるな」
「多分な」
「けど俺はそれでも地球に帰りてえよ」
「俺もだ」
正はソファーに腰掛け、自分のコーヒーに口をつけた。
「殺されると分かってて帰るのはイヤだけどよ」
「ああ・・・」
「帰りてえよ」
「・・・正、巻き込んですまなかったな」
正は太い息を吐いた。
「・・・気にすんなよ・・・」
正はコーヒーカップを乱暴にテーブルに置くと頭を抱えて唸った。
「悔しいぜ。俺がもっと頭が良けりゃ、色んなこと思い付いたのによ!・・・昭彦、お前はどうなんだ」
「俺もどうしたらいいか分からないよ」
「あんなガキに振り回されてんのか俺たち」
「そのようだな」
「畜生!俺に力があれば・・・」
昭彦は首を振った。二人とも疲れた表情をしていた。
「疲れた・・・眠ろうぜ」
「そうだな」
二人は各々自分のベッドに潜り込んだ。
まもなく二人とも泥のような眠りに引き込まれていった。
昭彦は眠りに入る前にあの少年のことを思った。
叫びながら、血の涙を流しつづけていた少年。
なぜ少年は泣いていたのか?
あの涙は怒りの涙なのか?それとも悲しみの涙なのか?分からない・・・。
飯田橋はあの少年を敵対するグループのリーダーだと言っていた。
悪魔のような人間なんだろうか。
悪魔は血の涙を流したりするのだろうか。
昭彦は自分があの少年の謎めいた力に引き寄せられていくのが分かった。
もっとあの少年のことが知りたい・・・。
遼はクロゼットから上着を取り出しながら
ふと、勉強机の上にたてかけられている写真に目をやった。
そこにはいかにも中産階級の家といった一戸建ての前に三歳の遼と、両親が笑顔で写っている。
<吐き気がする>
遼は目をそらし、上着に手を通した。
遼はこの写真を見るたび、写真を滅茶苦茶に破ってしまいたい衝動にかられた。
しかし破りはしなかった。
計画のためには少しのほころびも出してはならない。
隣室からは叔父の悟の鼻歌が聞こえてくる。
遼と日本料理を食べに行くと言って浮かれているのだ。
<もう少しだ。もう少しの辛抱で僕は・・・>
遼はそこまで考えて愕然とした。
<僕は・・・>
それは素晴らしい未来なのか?
天国のような日々が待っているというのか?
<僕は何を・・・?>
そんな保証がどこにあるというのだ。
遼は微笑んだ。
<今さら後戻りなどできはしないんだ>
<つづく>
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