硝子狩り11
橘学園初等部。
広大な敷地をもつこの学園の一角に初等部は位置していた。
長い歴史と伝統を誇るその建物は明治初期の建造の美しさを奇跡的に保持していた。
今その玄関から一人の少年が出て来て、
そこから門へと続く銀杏並木を歩きはじめていた。
しばらくして少年の後から二人の少女が押し合うように走り出してきた。
二人は顔を見合わせて頷いた。
「麻木く〜ん、待ってー!」
麻木と呼ばれた少年は歩みを止めると、首を傾げて後ろを振り返った。
少女たちは息を弾ませながら少年に追い付いた。
「あのね、あのね、今日時間ある?」
少年は少女たちに問いかけるように片眉を上げた。
「あの、あの、私たちね、とっても面白いとこ見つけたのよ」
もう一人が続けて言った。
「私たちこれからそこに行くんだけど、麻木君も行ってみない?」
「・・・寄り道は禁止だったよね?」
麻木は小さな声で尋ねた。
「そうなんだけど・・・」
「僕、家の人に叱られちゃうから、その、寄り道すると」
少女たちはお互いを小突きあった。
「そう、そうよね・・・麻木くんの家厳しいもんね・・・」
「ごめんね・・・誘ってくれたのに」
麻木は済まなそうに目を伏せた。
「いいの!いいのよ!気にしないで!誘った私たちが悪かったわ」
「ごめんね!」
「こちらこそごめんね」
麻木はにっこり笑った。
「じゃあ、また明日」
「また明日!」少女たちは手を振った。
麻木は再び門に向かって歩き出した。
少女たちはうっとりとした目で麻木を見送りながら手を振り続けている。
「遼!」
門のところ立っていた男性が麻木に向かって声をかけた。
麻木は満面に笑みを浮かべ、その男性に大きく手を振ると門に向かって走りはじめた。
門の外に停めてあったBMWの後部座席に男と遼は乗り込んだ。
運転手が滑らかに車を発信させた。
「どうしたの悟兄ちゃん、いつ日本へ?」
「今日だよ、遼のことが気になってね」
「仕事はどうしたの?」
「一段落ついたんでね」
「いたらない叔父としてはかわいい甥っ子の顔が見たくなって、飛んで帰ったって訳」
悟は右手で遼の髪をくしゃくしゃとなで回した。
遼は気持ち良さそうに目を細めた。
「悟兄ちゃんたら・・・」遼は笑った。
「あんな味もそっけもないマンションにお前を一人で放りっぱなしっていうのは」
「仕事があるとはいえ、死んだ兄さんたちに申し訳なくってね」
「そんなこと言わないでよ、僕はマンションから見える夜景とか結構気に入ってるんだよ」
「それに斉藤さんたちが僕によくしてくれるんだよ。ね、斉藤さん?」
悟は運転手に向かって「本当か?斉藤」と言った。
斉藤は上目遣いでバックミラー越しに遼を見た。
遼は斉藤を冷たい視線で見返した。
斉藤は表情を堅くした。
「いえ、なかなか行き届きません・・・」
悟は陽気に「今日はうまいものを食いに行こうか、遼」と言った。
「うわあー楽しみだなあ」
遼は無邪気にはしゃいでみせた。
車は高層マンションの前に停車した。
「先に行ってて悟兄ちゃん」
「どうした?遼」
「ちょっと斉藤さんに内緒話」遼は笑った。
「何だ何だ?」
「秘密なんだからだめだよ悟兄ちゃん!」
「変な奴だなあ」悟はそう言いながらも先にマンションの玄関に向かった。
車内は遼と斉藤の二人きりになった。
遼は「斉藤、分かってるよね」と
さっきとはうってかわって冷めた調子で呟いた。
「も、もちろんです」
「悟兄ちゃんに何か連絡をとったわけじゃないよね?」
「そんなことはいたしません・・・」
斉藤は汗をかいていた。
「今帰って来られると困るんだけど・・・仕方ないか・・・」
斉藤は安堵の表情を浮かべた。
「飯田橋はどうしてる?」
「はい、ご指定の場所に監禁しています」
「分かった、それはそれでいい・・・口を割った?」
「それがなかなか」
「なかなか?」
斉藤は身体を震わせた。
「も、申し訳ございません!」
「気に食わないな。何もかも・・・!」
遼は後部座席から斉藤を睨みつけた。
「うあっ」斉藤は横から殴られたように運転席の窓に頭を打ち付け、気絶した。
遼はにやりと笑うと車を降りた。
彼は口笛を吹きながらマンションの玄関へと向かっていった。
<つづく>
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