硝子狩り
「じじい」の工場が燃えた。
昭彦は遠くから燃え上がる炎の色を見つめていた。
何とも言えない不思議な色だった。
科学薬品が燃えているのだと説明され、近所住民は避難をさせられた。
小学校の屋上からでも炎の色はまばゆいほどで、なかなか鎮火しなかった。
「じじい」の捜索がされたが、それらしき遺体は発見されなかったのだという。
よく工場の周りで遊んでいた昭彦は、不審な何かを見かけなかったかと質問されたが、
なぜそんな質問がされるのか、昭彦は理解できなかった。
「じじい」はただの「じじい」に過ぎないのに。
そう、「じじい」は「じじい」だった。
近所の工場経営している老人を昭彦たちは、そう呼んだ。「じじい」と呼んでいるうちに、
本当の名前なんかどうでもよくなってしまったのだ。
今思うと、工場には看板がなかったし、何を作っているのかも知らなかった。
工場の周りにはよくきらきらしたガラスくずが落ちていた。
昭彦たちはそれを集めて、集めたものを見せあったりした。
そしてそれを「狩り」と呼んだ。
しかし工場が燃えてしまっては「狩り」もできなくなる。
工場からは毒物などが発見されなかったので、近所住民は自分達の家へ帰った。
工場跡は更地になった。
昭彦にも日常が戻り、平凡な日々が続き、工場のことも、「狩り」の遊びも
次第にあいまいな記憶となっていった。
「昭彦!学校に遅れるわよ!」母親が階段下から呼んでいる。
昭彦はむっとした顔で机の引き出しを開け、ノートを引っぱり出した。
(まったく母親ってのは・・)と思っていると手に何かが当たった。
ガラス玉のようだった。
引き出しの奥から転がり出てきたらしい。
不思議な色をして、まるで光っているようだった。
手に取って見てみたかったが今はそんな時間はない。
昭彦は乱暴に引き出しを閉め、ノートを鞄につめこむと、
ばたばたと階段を降りていった。

<つづく>
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