#13 ラスベガストリップレポートpart6 ダウンタウンホースシュー(後編)


2日目のホースシュー。わたしの期待に沿って突然明るくなるわけもなく、昨日と変わらぬ陰気な室内。
受付を済ませる前に、ホースシューのもつ独特の雰囲気をかみしめようとうろついていると、ポーカールーム近くの通路の壁面に飾られていた1枚の写真がわたしの目を撃った。クリス・ファーガソン。昨年、TJクルティエとの激闘の末に世界戦の頂点に立った男、大量のチップを抱きかかえながら恍惚の表情を浮かべている、これまで何度となく見せつけられてきた男の姿が、そこにはあった。近づくほどに大きく迫ってくる写真が、そしてそれを飾る仰々しい額縁が、ビニオンのメッセージを無言のうちに代弁している。さあ、そこのあなたも出場しなさい、そしてこの男のように、一夜のうちに栄光を手にしなさい(もっとも、ファイナルテーブルへ進むには数日を要するが)、と。写真のインパクトの前に、通り過ぎる人々はたちまち「俺だって」と無邪気な劣情を露にし、けしかけられるままにテーブルへ向かうに違いない。「偉大なる」勝利の陰に敗れた圧倒的大多数の惨めな戦士たちの姿は、たちまち彼らの脳裏から揮発する。

今日は、景気良く300ドルバイインした。オーリンズと同じく、さすがにこのくらいのレートで300ドルのバイインは多すぎるとみえ、わたしのチップ量だけが賑やかである。ただ、ここは油断していると知らず知らずのうちにチップが削られてしまう仕組みになっているから、正直に言えば、このくらいバイインしないと心許ない。このことを、100ドルのバイインで臨んだ昨日のゲームで悟った。 ブラインドもそうだが、なにせここはクオーターが使われていないのである。その代わりにハーフダラー、つまりは50セント硬貨が用いられている。従って、チップは必ず50セント以上を渡さなくてはならない。さらにいえば、このハーフダラー、非常に使い勝手が悪いのだ。手品の練習をするにはもってこいのコインかもしれないが、それ以外の用途でいえば、圧倒的にクオーターの方が便利である。

改めてテーブルを見渡せば、昨日いたメンツがちらほら。すぐ左隣には、わたしをオールインに追い込んだキャップの親父。相変わらずむすっとしていて、わたしの方を見ようともしない。その隣には、こちらのKKをつぶしたルーズな赤シャツのおっさんが、この日も同じ赤いポロシャツを着て座っていた。まさか、あれからずっとここに入り浸っているのではあるまいな。キャップの親父と同じく、こいつも決して上手いプレイヤーであると認めたくないタイプなので、単に相性が悪いということで片づけておく。
朗報は、例のスーパールーズチルトモード兄ちゃんがすぐ右隣に座ってくれていたこと。テーブルの下にラックが3つも置かれてあるところをみると、今日はやけに調子がいいらしい。口数も多く、すっかり泥沼から抜け出たようにみえる。
遠くの10-20では、今日もOJHがゲームを楽しんでいた。この様子だと、けっこう頻繁に足を運んでいるのかもしれない。

座ってまもなく、カットオフからATが入った。コーラー多数でフロップは6-T-J。
UTGの赤シャツがベットしてくる。わたしがアクションするまですべてフォールドという状況にあって、肝心の手役は忌むべきセカンドペアだ。
おっさんの手がTかJかはかりかねたため、人数がここまで絞り込まれているのならレイズすべきか、とも思った。その一方で、なにもはじめてすぐにチャージをかける必要もあるまいという思考もはたらき、迷う。結局、受け流してしまった。
すると、ボタンが最後まで勝負にのってきて、赤シャツがT9でショウダウン。「最初の直感には従え」というTJの言葉はどうやら正しいと、そのときはじめて思う。


いくら待てども手が入らず、ブラインドばかりが削られていくと、さきほどのゲームでみせたパッシブなイメージが強まっていくような気がして、ますますやりづらくなってくる。わたしが入ってから、メンバーの変化はまったくなかったため、注目が自分ひとりに集まっていることは明らかである。はじめのうちにこうしたパッシブな印象を与えてしまうと、たちまちつけ込まれてしまう可能性が高い。なんとかこの状況を打破せねば、と焦りは募るばかり。
すると、ようやく新たなプレイヤーがルーズ兄ちゃんのすぐ右隣に入ってきた。これで少しは状況が変化するかもしれない、と期待するのも束の間、よくよくみれば、カウボーイハットにサスペンダーをつけた身奇麗な紳士、アンディである。彼は昨日もいたが、地味ながら相当の遣い手という印象が強い。彼がラックを置いて席に着こうとしたら、女性ディーラーがカードを捌きながら、「プロはお断りよ」と冗談半分で応酬したほど。たしかに、無茶な手ではのってこないし、きちんとした打ち方をしてくるため、特段嫌な相手ではないが、やすやすと稼がせてくれる相手でもない。彼は、よく知っている。自分を太らせてくれる相手が誰で、飢えに導く相手が誰か、ということを。
彼のプレーに暫く目を光らせていると、ラフな格好をした若者がガールフレンドと一緒にテーブルへと近づいてきた。どうやら、プレーするのは彼ひとり、彼女は傍らで観戦に徹するようだ。
オレゴンからやって来たというその彼が入ってきてすぐに、ようやく攻めの手札が配られた。UTGから、AKoで初のひと振り。次々に敵を薙いでゆくも、sbにいたオレゴンの彼にコールされてしまう。bbにいたアンディは、小考後にフォールド。AKは、得体の知れない相手の技量を探るのにうってつけの手札だ。と同時に、相手からみても、それはわたしの技量をみる上で格好の材料になる筈だった。
フロップは4-6-7、ここは教科書通りにベットしたが、振り落とせずにターンは4。再びベット(このベットは疑問が残る)すれば、再びコールで応じられる。
リバー、Q。彼のアクションはチェック。フロップからたやすくコールされたのが読めず、さらに兄ちゃんのプレースタイルも掴めなかったので、チェックしてしまった。これには批判が集まりそうである。結果、兄ちゃんとわたしとの引き分け。彼もAKだったという。パッシブな印象が、これでまた補強されてしまうという結果。

それから数ゲーム後、その彼とアンディがぶつかった。
リンパーひとりを除き、手前がすべて降りたところで、sbの彼が初めてのプリフロップレイズ。bbのアンディを含めてポットは3人。

5-7-8

UTGから兄ちゃんがベットすれば、アンディはあっさりとコール。
ここまでで、兄ちゃんの手札が高めのポケットペアである可能性は非常に高いと踏んでいた。彼は、これまでAQをリンプし、AKでさえレイズしてこなかった。フロップではややルーズだが、全体的にみてまともなプレイヤーである。そんな彼のスタイルを、アンディは確実に把握している筈。ひとり降りて、ヘッズアップに。
ターン、T。変わらずベットの兄ちゃんに、ここでアンディがレイズ。そして、リバーは9。アンディがベットでショウダウンすると、「KKかな?」と尋ねながら持っていた98を開く。「その通りだ」と彼。

白熱した試合の中、わたしだけが取り残されている。勝てないだけならまだしも、あのAK以降は出番すらないという悲惨な状況だ。
そんなわたしに、ようやくポットへ参加できる状況がつくられた。sbにいて、手札はQhTh。ここまでリンパー2人、迷うことなく追加の白チップを2枚置いた。すると、わたしをオールインに追い込んだ例のよれよれキャップの親父が最悪のタイミングでレイズ。当然のことながら、誰も降りずにポットは4人。

3h-9h-Kh

真っ赤なボード、つまりはフラッシュの完成である。ホースシューへきて、こんな甘いフロップにめぐり合ったのは初めて。常套手段でチェックをしてみれば、キャップの親父がベットしてきた。おそらく、ここはわたしでもベットしたに違いない。赤シャツひとりがのってきたので、ついでにこいつも沈めてやろうと欲が出た。だいたい、こういうときに限って物事はうまく回らないもの。ターンにK。
途端に、ハメチェックから本気チェックへ。しかし、本当はこういうときこそ相手の手の内を探るためにもベットするべきなのだ。ターンはチェックで回り、ラストカードは5cとラグ。ここはあまりにも見え透いたベット。結果、コールしてきたのはキャップの親父のみ。手札はAA。
この親父とは、どうやら相性がいいとみえる。昨日に続き、2度目のAA撃破だ。しかし、彼はハートのAを隠し持っていた。今日は守りに入りすぎて、試合内容がひどく悪い。
とにかく、原点近くまで戻す。


勝者は、チップの詰まったラックを手にして席を立つ。アンディはワンラック100ほど勝って引き揚げ、オレゴンの兄ちゃんも200ほど勝って、薄暗いテーブルから悠々と立ち去っていった。他方、勝っていないわたしはといえば、ずっしり重いラックの代わりに、空になった紙コップをもって、キャッシャーとは反対側にあるセルフサービスの給水装置へ向かうのみである。
紙コップに水を注いでいると、その近くに世界戦の覇者たちの歴代ポートレートが掛けられているのをみて、猫背がたちまちしゃんとする。ここで飾られていた写真は、ウェブでみたものとはいくつか違っており、見ていて面白い。今年勝ったカルロスの写真も飾られているが、立ち上がってテーブルを見ているという、端的に言えば、あまりぱっとしない姿の写真だったから、直にもっとまともな写真に取って代わられるかもしれない。
そのポートレートの両脇に、地味ではあるが興味深いモノクロ写真がいくつか貼りつけられていた。在りし日のベニー・ビニオン、それにプギー・ピアソンらの姿もみえる。おそらくは、世界戦というイベントを手探りではじめた頃の写真であろう。笑顔で肩を寄せ合っている姿あり、戸外にテーブルを持ち出してプレーに興じているひとコマあり、大勢のギャラリーがひしめきあう中、何人かのプレイヤーが真剣勝負をしている光景ありと、ポーカー好きにとっては興味深い写真ばかりが並んでいる。そして、すぐそばには "The Seniors" のトロフィー。遠くのテーブルをみてみたが、いつの間にかOJHの姿はなかった。

生ぬるくなった紙コップを手にテーブルへと戻る。
依然としてゲームは渋い。渋くて、しかもポジションベットの上手い連中がちらほら加わってきているため、うかつにドローできない状況である。おまけに、例のスーパールーズ兄ちゃんもチルトになっていない分だけ慎重で、すぐには貢いでくれそうにない。この上なくルーズでおいしかった昨日とはまるで違っていた。ただ、ホースシューは事前に渋いという情報は旅立つ前から得ていたし、オーリンズでも常連が多いからやめとけという話も聞いていた。実際のところ、昨日のようなテーブルは特別だったのかもしれない。とにかく、わたしはずっと原点付近をうろうろしながら決め手を欠いている状態だった。

そんなわたしに吉報がもたらされたのが、テーブルへ戻って40分ほど経った頃。ようやく、隣のルーズな兄ちゃんとぶつかる機会が与えられたのである。
わたしの位置はbb、手前のルーズチルト兄ちゃんが「あんたとはチョップできないからな」といいながら、sbからレイズしてきた。手前はすべてフォールドし、あとはわたしのアクションを残すのみ。手札はK6o、迷わずコールする。
フロップは、ベビー2枚のくっついたKで、かなり有利なトップペア。肩肘つきながら兄ちゃんがチェックした瞬間に勝利を確信したが、こちらも不本意な試合続きで挽回のチャンスを窺っていたところである。完璧に、しかも効果的に仕留めなければいけないという思いから、ターン以降の攻めを見越してチェック。このような小技はごくありふれたものである。
ターンはTとラグ。今度は彼のほうからベットしてくる。もちろん、わたしは躊躇いなくレイズ。受けとめられて、リバーに6。思いがけずツーペアができてしまった。もちろんベットである。
結果はどうだったか。たしかに勝った。リバーの助けを借りて。兄ちゃんの開いた手札はAK。フロップで気だるげにチェック、気の利いた芸当を見せてくれるじゃないか。


ポーカーで、最も辛い決断を迫られるのはどんな時か。ブラフを仕掛ける時ではない。セカンドペアがヒットしてしまった時でもない。ましてや、ストレートやフラッシュドローをしにいく時でもない。どうしてもいくのを避けたい状況で、どうしてもいかねばならない手札が入ってしまった時である。
手札は本日最高のQQ。手前にリンパーがすでに2人いたため、レイズはやめて地味にポットへ加わる。案の定、殆どのプレイヤーがべっとり合わせて、フロップ5-6-7。この人数じゃ、何があってもおかしくない。
すでに手前からワンベット入っていたので、ここは淡いドローの期待を抱くプレイヤーを悩ますべく、レイズしてみた。すると、よれよれキャップの親父の代わりに入ってきていたアジア系の青年−これまでおとなしめだった−がリレイズ。彼は、これまで決してプレーがまずいわけではなかったのだが、ひどい引き方をされて2度もリバイしていた。ここでリレイズを仕掛けてくることは、かなりの手札が入っているとみるべきである。7のセットか、それともナッツ…。はじめにワンベット入れた相手だけがダウンしたものの、あとはみなコールしてくる。このポットならいくべきだ。Qがめくられることを祈った。
そう、B級のギャンブル漫画なら、或いはポーカーを題材にした小説なら、思い描いたようにQが出て大逆転となったかもしれない。また、こんな場面を思い浮かべると、なんだか心のどこかでQが落ちるような気さえしてくるから不思議である。だが、そんなことは実際に起ころう筈もなく、ターンはすべての希望を粉々に打ち砕くブランクカード。わたしは、ここでポットから外れた。
結果は、リバーで3枚目のダイヤモンドをヒットさせた赤シャツが、フラッシュをつくったことで終了。しかも、手札は65。この瞬間、7のセットで敗れた東南アジアの青年を含め、テーブルの席がふたつ空いた。

腕時計をみると、そろそろ立ち去るべき時間である。
たしかに、このまま引き揚げるのが良策だとも考えた。そうすれば、バイインした300ドルに大した傷をつけずに現金を持ち帰ることができるのだから。ベラージオの例もある。5時間半も遊べれば十分だ、と。しかし、一部のプレイヤー同士が、明らかにラインを組んでわたしを狙っているのが分かる。こんな奴らに背を向けるのは、ただ悔しい。この日を逃したら、もう当分はこいつらにあっといわせるチャンスはないのだ。結局、あと30分と時間を決めて、ゲームを続ける決心をした。
プレー時間を区切ったのがよかったのか、その直後、重要なポットを続けざまに獲得する。ひとつは、J9からの9のフォーカードで打ち勝ったもの、いまひとつは赤シャツのおっさんに対してトップペアで逃げ切ったもの。こうして原点を越えたのはいいが、人間の欲望というのは果てしない。原点復帰?そんなもので満足するな、次はどこまでプラスにできるかだ、とこうである。そんな都合のいいことがたやすく実現できれば、今ごろはみなポーカーで飯を食っている。

bbがすぐそこまで迫り、次の一戦で戦線離脱することを決める。祈るように絞って見た最後の手札、Q。そして、K。悪くない。UTGからリンプイン。例の赤シャツのおっさんは勝負に出たそうな感じだったが、マックする。ミドルからセミプロっぽい怪しそうな兄ちゃんが1人、sbから入ってきたばかりの青年が1人、それぞれリンプし、bbのルーズな彼はチェック。ポットは4人。

2-J-K

sbの青年がベット、bbの彼が落ちたのを確認してレイズした。するとミドルから地味にリンプしてきた兄ちゃんが静かにコール。sbもかぶせず、ターンは6。チェックを受けて、8ドルベット。ここでもミドルの兄ちゃんはコール。すると、sbの青年がチェックレイズしてきた。少々迷ったが、ミドルの兄ちゃんの動きも気にかかり、ここは望み薄と判断してフォールドする。
ショウダウンになり、sbが見せたのはAKのトップペア、そして怪しい兄ちゃんのほうは2のポケットペアだった。
AKの彼は知っていた。自分のAKが誰にも気付かれていないことを。そして、自分よりも劣ったキッカー−言うまでもなく、A以上のキッカーはない−で、わたしがKをヒットさせていたことを。

結局、6時間粘って4ドルのプラス。帰り際、ちょっとだけ1-4-8-8のテーブル−同じくテキサスホールデム−に入ったのだが、ここでは1周も回らないうちに席を立った。
最終日にふさわしく、もう少し華々しい結果を出して報告を終えたいところではあったが、これが現実というものである。

それから、この点は非常に重要なのだが、帰りのバスで2ドル支払うことになっている。



[ トリップレポート執筆を終えて ]



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